第17話 再会の「モンスター」

 ・




 バス停から降りるとアラタは急いで駅に向かう。


 時刻は9時40分。前回よりは早いがそれでも数十分程度の差でしかなかった。


 アラタが駅に着くとすでに人混みができており、すでに運行は見直されている状況だった。


「くっそ・・・」


 アラタは急いで道路の方へと向かい腕を上げ親指を立ててヒッチハイクへと予定を変更する。が、目の前にはタクシーが止まった。


 タクシーの運転席の扉が開き、運転手とアラタの目が合う。


 ──どうするべきか・・・


 タクシー代はバカにならない。


 そうやって前回は諦めたわけだが、もう母親の命がかかっているとわかった以上、多少の負担は覚悟していくべきだろう。


 が、それにしたってどのくらいの値段になるか想像がつかなかった。


 持てるだけのお金は持ってきたつもりだったが、足りるかどうかわからない。


 中途半端な場所で降りることになるくらいなら、もう少し粘ってヒッチハイクを続ける方がいいかもしれない。


 アラタが迷っていると後部座席の扉が開く。どうやらすでに人が乗っているようだった。


 するとタクシーの運転手はアラタに声をかける。


「後ろの人の奢りだってよ。」


「──え?奢り・・・?」


 予想外の出来事にアラタは困惑した。


 後ろの座席に座る人物がアラタに声をかける。


 奥に座っているため、アラタの現在の立ち位置では姿を確認することはできない。


「私はこれから首都圏へ向かうところなんだ。よかったら乗っていくかい?お金には余裕があるんだよ少年。」


 聞き覚えのある声だった。が、そんなことは今どうでもいい。


「あ、ありがとうございます!」


 アラタは宗教施設がある場所から少し離れた場所──前回ヒッチハイクをして乗せてもらった夫婦に告げた場所と同じ場所を運転手に伝えた。


「──この場所なんですが、本当に大丈夫なのでしょうか。」


 アラタは念を押して後部座席に座る顔の見えない男性にきく。


 男は足を組んでいるようで、靴のさきだけがアラタの視界からは見えていていた。


 アラタは靴についてはよくわからないが、男の履いている革靴は随分と高級そうで、テカテカと輝いていることは分かった。


 確かにお金に余裕はありそうだが、トラブルはごめんだ。


「全然大丈夫だよ。それに、私も近くで降りるしね。さ、乗りな少年。」


 アラタは車に乗り込むことにした。


 運がいい。


 タクシーの扉が閉まると、早々に発信する。


 アラタは右手に広がる駅に殺到した車の行列を眺めたあと、気前のいい金持ちの男の方を見て礼を言った。


「どういたしまして。まぁ、人助けは気分がいいからね。」



 男の顔をアラタは知っていた。




 それは教祖の顔そのものだった。




「ははっどうしたんだ急に顔をこわばらせて。ま、色々と非常事態で思い詰めてると思うんだろうけど、気楽に行こうよ。それに、非常時ってさ、なんかテンション上がらないかい。」


 男は会話を続ける。


「そう言えばさ、君のステータス見せてよ。ほんと、すごいことになっちゃったよね。夢でも見てる気分だ。ほらこれが僕のステータス。」


 男は自分のステータス画面を表示させ、アラタに見せてくる。


 レベルはすでに3に到達しており、経験値ゲージは3分の1ほど溜まっていた。


「ほら僕は、暗殺者っていう職業だったんだ。君のはどうだい。そこの運転手は魔法使いだって」


 アラタは自分の心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。


 ──間違いない・・・こいつ、教祖だ・・・


 暗殺者という職業を見て、アラタは男の持っていた短剣が初めから配布されていた武器であることを確信する。


 そして震えた。


 こいつがすでにレベルを2まで上げているということに。


 思えばアラタが教祖と出会った時、すでに数人を殺していたが、あの場に倒れていた数人を殺したというだけで6レベルまで到達しているとは考えづらかった。


 事実、アラタは朝からかなり危険な猛獣たちと戦ってきたのだ。


 少なくとも人間よりは余程手強く、経験値を得られそうなものたちと。


 ドラゴンと戦う前に倒した──ミナが襲われそうになった不気味な獣を倒した時でさえ、9レベルからようやく10レベルに到達したくらいだった。


 レベルが上がるにつれ、次のレベルアップに必要な経験値が増加していることを考えても、6レベルに到達するには少なくともあの場にいた数人の人間を殺すだけでは不可能。




 ───この教祖は首都圏に・・・自分の宗教施設に向かう間も人を殺していたのか・・・?




 この疑問が浮かぶと同時に現在の状況の深刻さが鮮明になっていくのをアラタは感じた。




 ──この男はタクシーに人を乗せては殺しているのではないか?




 アラタは視線をタクシーの運転手に移す。タクシーの運転手が妙に汗をかいているのがわかった。


 ──まさか教祖は運転手を脅してるのか・・・?


 ・・・この運転手はすでにこの教祖が人を殺したのを見ているのか?


 教祖が人を殺していると仮定すると、その殺人現場の一つは間違いなくこのタクシーの中だろう。



 そう、すでにこのタクシーでは人が殺されている。



 思えば先ほどからタクシーは駅を離れた後、人気のない場所へ向かって走っているような気がする。


 ヒッチハイクで夫婦に乗せてもらった時とは明らかに違う道を走っている。


 渋滞を避けるためという可能性もあるが、この状況下では単純に人を殺す際、人目につかないような場所に移動しているだけにしか思えなかった。


 殺してさえ仕舞えば遺体は跡形もなく消滅する。


 証拠は残らない。




 アラタは宗教施設の前にあった誰もいないタクシーを思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る