マルクス=アウレリウス=アントニ……ウス?
アラームの音が聞こえ、俺は、ぱっ、と目を覚ます。
そしていつもみたいに嫌々布団から出るのではなく、勢いよく布団を出ると、単語帳の置いてある勉強机に直行する。
そして単語帳一枚目の裏――――正答を見ながら「マルクス=アウレリウス=アントニヌス」と何度も呟き、息を大きく吸ってから吐き出して呼吸を整え、表面に戻ると、呟く。
「マルクス=アウレリウス=アントニ……ウス?」
お、言えたんじゃないのか? そう思った俺だったが、裏面をめくると、間違いに気が付く。
「くそっ、アントニヌス、だったのかよ! せっかく、『アウレリウス』まで言えたのに……っ」
今日も間違えてしまった。これで今夜も、またあの忌々しいトリの神様もどきに小言を言われる羽目に――――――。
俺は悔しさのあまり、単語帳を布団に向けて投げつけるのだった。
その日の夜。予想通り「ヒストリ」はまた、俺の夢の中に降臨した。
現れ方はいつもと同じだったが、一方で、何故かはじめの自己紹介からアイドルの話までの会話の流れをすっ飛ばし、いきなりこう言われた。
「……やはり、駄目じゃったか」
そう言われた俺は、ぐぬぬと悔しい思いをしながらも、言い訳をする。
「うるせーよ。今回は、たったの一文字違いだって。だって、アクア……いや、アク……ティウムの海戦であのクレオパトラと一緒に戦ったっていう『アントニウス』って人を習ったすぐ後に、こいつの名前が出てきたから……絶対『ヌ』を『ウ』に間違えちまうんだよ。俺のせいじゃねぇ!」
俺は思わずヒストリに当たり散らすようにキレてしまう。そんなの、言い訳にもなりやしないのはわかってる。でも、悔しくて思わず――――。
「……そうじゃな。クレオパトラの知名度からして、そっちの方が、印象に残るのじゃろうな」
「……え?」
俺は突然俺に寄り添うようなことを言いだすヒストリに、驚いてしまう。今まで俺は、このおかしなトリからそんな風に言われたことなど、一度もなかった。
小言を言われることも少なく、いつもとは違う夢の展開であることに俺はようやく気がつき、次に何を言われるかわからないから――だろうか、俺は少し緊張し、
ヒストリはしばらく黙ってこっちを見ているかと思うと――――やがてぽそりと言う。
「なぜじゃろうな。おぬしも、決して物覚えが悪いわけではない。まだ入学して数ヶ月しか経っておらぬというのに、クラスメートの名を、フルネームで全員分言えるのであろう?」
あれ、ここ、いつもはアイドルの名前の話じゃなかったか? まあ、こっちの方が俺的には、照れくさい内容じゃないしいいけどさ。
「そ、そりゃまあ、クラスで上手くやってくためには、必要だから……」
「いやいや、マルクス=アウレリウス=アントニヌスとて、テストで出るのじゃから、覚えることが必要に決まっておろう」
まーたあの長ったらしい名前を、いとも簡単にスラスラ~っと言いやがった。くそう、やっぱりムカつく……。
「それは、カタカナじゃないから……? いや、むしろ、会ったことがないから、かもしれないな……。クラスメートは実際に毎日顔を合わせるわけだが、マルクス……なんとかみたいな、遥か昔に生きてた遠い人のことなんて、何の愛着も持てないのも無理ないだろ?」
「じゃが……そうじゃな。例えばおぬしとて、名前を間違われると、嫌な気分になろう。先程『一文字違いだ』などと言い訳をしおったが、そなたも『森ケ崎』なんて言うの面倒だから、短く『森崎』に改名しろ、だとか他人の都合で勝手に言われても、困るじゃろ?」
「え、な、なんで俺の苗字、知って…………」
俺は突然自分の苗字を言われて思わず動揺したが、ま、まあ夢の中だからなんでもありか、と思い直す。そもそも、アイドル好きだったこともなぜかバレてたしな……。
「た、確かに自分に置き替えてみりゃ、それは嫌だけど。でもそのマルクス……なんとかは今生きてるわけでもなく、とっくの昔に死んだ人だし、さすがにそんな人の気持ちまで、考えなくても……」
ヒストリは少し思案した後、口を開く。
「では、そのマルクス=アウレリウス=アントニヌス帝について、どんな人物なのか、より詳しく知るというのはどうじゃ?」
「え、一応知ってるけど。ローマの五賢帝の最後の一人で、皇帝なのに、哲学の勉強して本書いてるんだろ」
「うむ、まあ……テストで出るのはそのあたりじゃろうが。それだけでは人となりが見えてこぬゆえ、愛着が持てぬのであろう」
「…………まあ、でもそれは仕方ないっていうか……」
すると、ヒストリは突然何か閃いたように、こちらを見る。
「なら、ワシが今からマルクス=アウレリウス=アントニヌス帝になってやるから、おぬしはこのワシ――マルクス=アウレリウス=アントニヌスと、一度話をしてみるのじゃ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます