第2話 第一王子と使用人

「そんな仕事、この世にないですよ。あの二人のやりようには皆、嫌な気持ちになっているんです。よく無抵抗の人間を掴まえて、ああも酷いことが出来るなって」


「あの二人も可哀想な人達なんだよ。国王陛下と王妃殿下は、俺になら何してもいいってあの二人に教えちゃったんだ。でも暴力癖って、特定の人だけに留まらないんだよね。学校でも気に入らない子に手を上げちゃって、大変なんだ」


 異母弟の第二王子は、リヴィオの三ヶ月後に産まれている。その関係で、兄弟だが同学年のクラスメートでもある。粗暴で有名で、誰も彼と本当の意味で仲良くなりたがらない。


「俺はみんなに感謝してる。もし俺が他人を傷つけるようなことをしたら、『それはいけないことだよ』って、ちゃんと怒ってくれるじゃない。特にハンナは」


 現れた乳母のハンナを見て、リヴィオは優しく微笑んだ。


「リヴィオ殿下は一度もそういうことを為さらない子でしたけどね。昔から」


 そう言って優しくリヴィオを抱きしめた。


「うん、やっぱり殿下はいい香りだわ。あの腐った腐臭をまき散らす王子達の言葉なんかに傷つかないでくださいね。ほら、いつもの言葉を言って!」


「うぅーん……みんなの前じゃ照れくさくて言いづらいな」


「ほら、みんなだって同じ気持ちなんですから」


 使用人達は皆、温かい眼差しでリヴィオを見ている。


「もぅ……仕方ないな。『リヴィオ・サミュエル・ウンディーネはたくさんの人に愛されています。誰よりも幸せになる義務があります』これでいい?」


 左胸に手を当てて、真摯な表情でそう言った。


「うん、完璧! さすがは私の殿下です。誰よりも愛していますからね」


 リヴィオは幼い頃に母を亡くし、乳母であるハンナの実家の男爵家で養育されてきた。祖父が亡くなり、父が王位を継いだ際に王宮へ入ったが、正直なところ、ずっとハンナの家でお世話になりたかった。


 リヴィオにとって、ハンナは実の母も同然の存在だった。



◇◆◇


 リヴィオは、王宮内の使用人達が寝泊まりする棟で暮らしている。


 以前は国王一家が住まう邸宅に住んでいたのだが、あまりに扱いが酷かった。侍従長をハンナが懐柔し、使用人の邸宅へ移したのだ。


 使用人の邸宅に移ってからは使用人が団結し、リヴィオを守っていた。



 食事は使用人みんなと一緒に取っている。


 ハンナはテーブルマナーを厳しく指導した。和気あいあいとしながらも、リヴィオは折り目正しく食事をする。


「殿下はどこに出しても恥ずかしくない貴公子だわ!」


 ハンナは食事をしても、何をしてもリヴィオを褒める。褒めまくる。


「どこに出してもって……どこにも出されないよ」


 リヴィオは苦笑いをして応えた。


 リヴィオを婿に迎えてくれる家なんてない。一生この使用人の住む棟に、下働きのまま飼い殺しに決まっている。


 王位を継げるはずもない。


 中堅貴族を中心にリヴィオを推す勢力もあるのだが、国王と王妃が全力で阻止している。


 リヴィオの将来はお先真っ暗。リヴィオはあえて、将来の事は考えないようにしていた。


「そんなことよりさ、帝国の使者殿の熱は下がったの?」


「えぇ。殿下が看病して下さったおかげだと喜んで帰られましたよ」


 薬師のターキーは温かみのある笑みをリヴィオに向ける。


「良かった。別に俺は何もしてないけどね。たまたま発見できてよかったよ」


 豪雨の際に災害が起きていないか心配で、リヴィオは学校帰りに街を見回っていたのだ。そこで行き倒れになっているディアル帝国の使者を発見した。


 使者とは思わなかったため、使用人の棟に運んで看病していた。使者も、まさか看病してくれたのが第一王子とは思わなかったようで、名を名乗ったら驚愕きょうがくの表情を浮かべていた。


「そうそう、帝国と言えば。帝国の貴族学校には、うちの馬鹿王子のような粗暴な人はいなくて、みんなお行儀のいい紳士淑女ばかりですって。かといって、窮屈なわけではなさそうなのです。第一皇女殿下は女だてらに剣の達人! 女だからと言って押さえつけるような教育はなさっていないようなのよ」


 ハンナはディアル帝国に留学中の息子からの情報を話す。


「女の子なのに剣の達人なんて、カッコいいね」


 リヴィオは温かい表情でそう言った。


「リヴィオ殿下は、おしとやかな女の子が好き? それとも皇女殿下のような凛々しい女の子が好き?」


 ハンナは年頃の男子の心情を探る様なことを言う。


「うーん、別にどっちでもいいよ。でも、できればものすごく健康で元気な子がいいな。身体が弱い子は心配だからさ」


 脳裏に浮かんだのは、男爵家で養育されている頃に出会った、一人の女の子。避暑で訪れた島で遊んだ思い出が脳裏に蘇る。


 手紙のやり取りは年に数回ほどある。病気がちな彼女だったが、今ではとても元気なようだ。


(出来れば直接会いたい。無理だけど)


 そんな夢を抱いた時、ドアがノックされた。


「リヴィオ殿下、国王陛下がお呼びです」


 使いの侍従が遠慮がちにそう言った時、場の空気が凍りついた。

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