【完結】虐げられた第一王子の幸せな人質生活

🐈️路地裏ぬここ🐾

第一章

第1話 虐げられる第一王子

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 速やかにノーム王国へ奪った領土を返上し、既定の賠償金を支払うように。


 今回の貴国の行いは許しがたいものである。


 よって、貴国の第一王子を人質として我が国に預けて頂きたい。なお、第一王子の人権は剥奪し、身柄は我が国の所有とする。どのような処遇で扱おうとも、一切の苦情、抗議は受け付けないものとする。

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 ディーネ王国の国王の元に、大陸の盟主であるディアル帝国皇帝から書状が届いた。


 この大陸は、ディアル帝国を中心に、九ヶ国に分かれて形成されている。ディアル帝国は大陸の盟主であり、八ヶ国でもめ事が起きると仲裁に入ることが多い。今回はディーネ王国とノーム王国間で起きた領土紛争の仲介に乗り出してきた。


 実質的な支配者であるディアル帝国の決定は絶対だ。Noという返事は、余程のことがない限りあり得ない。


 使者は豪雨の最中に到着した。


 持っていた書状はところどころ濡れていたが、流麗な文字は損なうことなく読むことができた。


「せっかく魔石の山を奪えたのになぁ……」


 そうぼやきながら、国王は書状を既読ボックスへと投げ入れる。ディアル帝国から返上しろ、と言われたら従わざるを得ない。


「いいじゃありませんの。撤退までに掘り出し尽くせば。賠償金の額も、掘り出す魔石を考えれば微々たる額ですし」


 王妃は国王をそう言ってなだめる。


 記載された賠償金はかなり良心的なものだった。返せと言われることは国王も予想はしていたので、撤退まで死に物狂いで魔石を掘り起こせと命じている。


「それにしてもアレを人質に名指しとは。帝国の皇帝も案外親切ですわね」


「なんでアレを名指しなんだろう。跡継ぎだと勘違いしてるのか? 俺達は厄介払いできていいが」


 ウキウキする王妃に比べ、国王はどこか解せないという表情だ。


「皇帝といえばスケベと決まってますもの。アレは無駄に見た目だけはいいから、夜伽の相手にでもするんじゃなくて? それか、地下牢に鎖で繋いで鞭を打って楽しむとか? わざわざ、と書かれているのです! それは奴隷という意味ですわ!」


 王妃は奴隷の二文字に歓喜が抑えきれないようだ。


「君の発想はどこか腐ってるんだよなぁ……。俺はアレの見た目がいいとはまったく思わないが。むしろブサイクじゃないか。アレの顔を見ると吐き気を催す。害虫にしか見えない」


 散々な言いようである。


 この第一王子は王妃の実子ではないが、姉の子――つまり実の甥だ。しかし王妃は蛇蠍だかつのように第一王子を嫌っているのである。


 国王にとっては実の息子なのだが、息子の顔が生理的に受け付けない。顔を見れば衝動のおもむくままに殴ってしまう。殴られた後に正論を返してくるのがまた腹が立つのだ。


 第一王子は国王が王子時代に娶っていた、王妃の姉である第一妃の子。妾の子ではなく正当なる後継者なのだが、一度もそのように扱ったことはない。むしろ邪魔な息子だった。


「あれだけ追い詰めても飄々ひょうひょうとしてるんだから、奴隷にされてもアレは平気だろう。少しはへこたれてくれればまだ可愛げがあるのに。憎たらしい害虫め」


 国王は息子の顔を脳裏に浮かべながら、憎々しげに呟いた。



 二人は気付かなかった。その書状の一部がことに。


 事実誤認をしたまま、国王と王妃は有頂天で『快諾』の返事を返してしまったのである。




◇◆◇




「リヴィオはいるか? あの害虫野郎」


「害虫のリヴィオ、どこだ?」


 使用人達が集う図書室に、二人の若者がやって来た。やって来ることは窓から丸見えだったため、使用人達も満面の笑みで迎える。


「リヴィオ殿下なら、先ほど湖に薬草摘みに行かれましたけど?」


 司書がそう答えると、「ケッ」と悪態をつかれる。


「お前らそうやって嘘を吐くからな。リヴィオのくせぇ匂いがするんだよ、この部屋からな!」


「害虫特有の匂いだよなぁ~」


 およそ王族とは思えぬ口調で話すこの二人は、ディーネ王国の第二王子と第三王子である。二人とも王妃の子だ。


 両親の影響を大きく受けたこの王子達は、第一王子リヴィオを探しては、物理的に痛めつけることが習慣になっている。


「でも本当に湖に行かれたんですよ。先日帝国から使者の方がいらっしゃったでしょう? あの方が熱を出して倒れられて、薬の在庫が切れてしまって。それで薬草摘みに行かれているのです」


 王宮の薬師も口裏を合わせる。


「あぁ、そうかよ。ったく、王子のくせに下働きしかやることがないなんてな! あいつの摘んだ小便臭い薬草なんか使いたくないけどな」


「とりあえず兄上、湖に行ってみましょう。運よく湖に沈められるかもしれませんし」


 二人はケタケタと笑いながら、図書室を後にする。足音が遠ざかったところで、一同は「ふぅ~」と息を吐いた。


「害虫って匂うの? 無臭なイメージが強いんだけど」


 図書室の貸出カウンターの下から、噂のリヴィオが這い出てきた。


 淡いホワイトブロンドの髪に、大きな碧い瞳が特徴的な青年で、今年で十六歳になる。


 可愛らしいベビーフェイスの顔立ちのため、歳よりも少し幼く見える。小動物感のあるリヴィオは使用人達の癒しの存在だ。


「潰せば匂う虫もいますよ。カメムシとか」


「へぇ~。ペーターは何でも知ってるね」


 司書のペーターは、無邪気に笑うリヴィオの肩を優しく叩いた。


「殿下は害虫とは違いますよ。大切な私達の宝物だ」


 ペーターが愛おしげに見つめると、リヴィオはくすぐったそうに笑う。


「ありがと。でも最近、彼らの不満の捌け口サンドバッグの仕事をサボり気味だから、他にしわ寄せが行ってないか心配だよ」


 飄々とそんなことを言い、リヴィオは本を棚に仕舞う作業を手伝い始めた。

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