第15話 見つかった生存者

「なんとか間に合ったようだな」


 里の外れにあった石造りの建物の中で、フレドは安堵の息を漏らしていた。


「ええ、ひとまずは大丈夫かと思います。じきに意識も戻るでしょう」


 部下の一人がそう言って白と黄色の、儀式用と思われる装束を着た少女を見下ろした。


 傷はかなり深かったが、どうにか一命は取り留めそうだった。

 とはいえ、話を聞くことはしばらくできそうにない。


「あ……あ、あ……」


 黒髪の少女は苦しそうに何事かつぶやいている。


 必死に何かを止めようとしているようにも見えるが、言葉は不明瞭で何を言っているのかは見当もつかなかった。


「このおばあさんもだけど、一体何の衣装なのかしら?」


 アーシャが少女と似たような衣装を着た老婆の死体を見ながら言った。

 残念ながらこちらは完全に息絶えており、手の施しようがなかった。


 老婆の顔は苦悶の表情を浮かべたまま固まっていて、壮絶な最期を迎えたことを窺わせた。


「おそらく儀式か何かだろう。この建物も妙にそれっぽい作りだしな」


 フレドが言った。


 部屋の中ではいまだに松明の炎が燃えている。

 二人の服装から考えても、ここで何かをやっている最中に何者かに襲われたと見て間違い無いだろう。


 そして、この二人からも他の死体に残っていたのと同じ、微かではあるが酷く禍々しいアニマが感じられた。


「儀式……一体なにをやっていたんだろう」


 不安げに周囲を見回しながらリセルがつぶやいた。


「脱走した帝国の部隊がわざわざ王国の端に集落作ってこそこそやる儀式だ……まあ、ろくなもんじゃねーだろーな」


「今はなんとも言えないけど、彼女が目覚めればきっと全部わかるわ」


 アーシャの言葉にリセルとフレドはうなずいた。


「隊長! また、生存者です!」


 外にいた部下が叫ぶ声が聞こえた。

 フレドたちは急いで石造りの建物の外に出た。


 部下が指さす方を見ると革袋を担いだ銀髪の青年がいた。

 青年の手には大ぶりな漆黒の剣が握られている。


 だが、その顔つきは穏やかそのもので、こちらに危害を加えてくるとは思えなかった。


「おお、よかった! 話を聞けそうな生存者が見つかったな! 君、すまないが、話を聞かせて――」


 言いながら部下の一人が青年に駆け寄る。

 それを見ても銀髪の青年の表情は穏やかなままだった。


 だが、フレドは青年が持つ黒い剣から、あの禍々しいアニマの雰囲気を感じ取っていた。


「やめろ! そいつに近寄るな!」


 咄嗟にフレドは叫んだ。

 強烈な怒声に部下は動きを止め、フレドを振り返った。


「隊長……?」


 直後、部下の首が飛んだ。


 担いでいた革袋を地面に落とし、一気に踏み込んできた青年が黒い剣を振るったのだった。


 頭を失った部下の体は切断面から血を吹き出しながら倒れた。それから飛ばされた首が地面に落ちて転がった。


 フレドたちは一斉に武器を抜いて構えた。


 戦意をみなぎらせるフレドたちを見て、青年は笑った。

 銀髪の青年が口の端をつり上げると、その体からどす黒いアニマがあふれ出す。


 それは間違いなくこの集落で見た死体に残されていたのと同じ、これまでに見たこともないほど禍々しいアニマだった。


「隊長、これは……!」


 黒い剣を持った青年から目を離さずにリセルが聞いてくる。


「ああそうだ。こいつが下手人さ」


  愛用の短剣を逆手に構えたフレドは苦々しげに言った。


「……あなたは、強そうですね」


 フレドだけをまっすぐに見つめて、青年が言った。

 人一人の首を切り飛ばしてその命を奪った直後とは思えない、穏やかで優しげな声だった。


「ああ、俺はちょっと強えぞ……!」


 フレドは応じた。


 同時に、相手もまたとてつもない強敵であることを悟っていた。

 これほど禍々しいアニマを纏う人間などフレドは想像したことすらなかった。

 間違いなくいままで戦ってきた中で最も強く、そして邪悪な敵だ。


「そうですね。あなたは、強い」


 嬉しそうにそう言うと、青年の笑みが大きくなった。


 それに呼応するように、禍々しいアニマも力強さを増す。

 フレドの部下たちはこれほど強力で邪悪なアニマを持つ人間など見たことがなかった。


 彼らは皆、初めて味わう恐怖に体を震わせて、必死に武器を握りしめていた。

 一歩ずつゆっくりと、青年はフレドに向かって歩いてゆく。


 その目にはフレド以外の人間は映っていない。

 好都合だ、とフレドは思った。


 どういうわけか知らないが、相手はフレドにしか興味がないらしい。

 これなら自分が戦っている間に部下たちを逃がすことができる。


 だがその直後、悲鳴のような叫び声が上がった。

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