第14話 強そうな人

「フレド隊長」


 近くの民家を調べるよう命じていた部下の一人が外に出てきた。

 一通り探索を終えた様子だった。


「どうだった?」


「室内には……争った跡がありました。貴重品も、盗まれているようです。それと、その……」


 フレドが尋ねると部下は口ごもった。


「どうした、遠慮しないで言ってみろ」


「中に、あの……また死体が……剣で貫かれたようです。生存者は、いませんでした」


「まったく……」 


 部下の報告を受け、フレドはかぶりを振った。


 外に転がってる分だけでも十分だというのに、まだ死体が増えるのか。


 そう思ってうんざりしているところに、別の建物を調べていたリセルとアーシャがやってきた。


「おう。報告を聞こうか」


「ひどかったわ。こっちも争った形跡があって、物が散乱してた。それに、死体も……。生きてる人はいなかったわ」


 青ざめた顔をしてはいたものの、アーシャは気丈に振る舞っていた。


「ただ、こちらではこんなものが見つかりました」


 そう言ってリセルが差し出したのは短剣だった。

 かなりしっかりとした作りの剣だ。そして、短剣の白い鞘には、双頭の鷹の紋章があった。


「なるほど、ロプレイジ帝国の紋章か。裏が取れたってわけだ」


「それにしても彼らは何に襲われたのかしら。盗賊とか?」


 考え込みながらアーシャが言った。


「それはねーな。この短剣を授けられるのは帝国の中でも腕のいい連中だけだ。盗賊ごときに遅れは取らねーよ」


 フレドは首を振った。


 まだはっきりしたことはわからないが、紋章付きの短剣を授けられたのが一人だけということはないだろう。


 情報通り、帝国の精鋭部隊がまるごと脱走してこの集落を作ったとすれば、ここの住民たちはみなかなりの手練だったはずだ。


 そこらの盗賊が襲えるような場所ではない。


「賊の数が多かったのでは? ここはそれほど住民がいたとは思えませんし……」


 少しためらいがちにリセルが言う。


「それもないだろうな。それだけの数の賊が来たんなら、もっと道が荒れてるはずだ」


 フレドは地面を差し示す。


 言葉通り、地面には人が通った後はあるものの、たくさんの人々が行き来したとは思えなかった。


「じゃあ、一体なにが理由でこの人たちは……」


「まだなんとも言えないわね。もっと情報が欲しいわ」


 リセルが言うとアーシャは悔しそうに唇を噛んだ。


「ああ。とにかく情報だ。もっと調べてみねーとな」 


「隊長! フレド隊長!」


 フレドがうなずいた直後、部下の一人が慌てた様子で走ってきた。


「お、何か見つかったか?」


「はい! 生存者がいました! 少し離れたところにある石造りの建物です!」


 部下の報告を聞いてフレドたちの表情がぱっと明るくなった。


「よし、よくやった!」


「ありがとうございます。十八くらいの少女なんですが、彼女はかなりの重傷を負っていまして、もう一人を残して手当に当たらせています」


「そうか。急いだ方が良さそうだな」


 真剣な面持ちでフレドが言った。


 やっと生きている人間が見つかった。

 重傷らしいが、上手く話を聞くことができればここで何が起きたのかがわかるはずだ。


 そして、誰が住民たちを襲ったのかも。

 あの禍々しいアニマの持ち主が、一体何者なのかも。


 フレドは生存者の少女がいるという石造りの建物へと急いだ。




「ええと、だいたいこれで全部かな」


 アルヴァンは里の民家を回って金を集めていた。

 集めた硬貨を革袋に詰めて、担ぎ上げる。


――こんなもんか。全くしけた里だぜ。


 フィーバルは不満そうに言った。

 里中を回って金を集めはしたものの、革袋はそれほど膨らんではいなかった。


「しょうがないんじゃないかな。隠れ里なんだし」


――で、当座の金には困らなくなったわけだがよ、相棒、お前これからどうするんだ?


「とりあえずはここを出るよ」


――その後は?


「そうだなあ。……帝国と、王国……か。……どっちを壊すのが楽しいかな?」


 右手に持った簒奪する刃に目を落としながら、アルヴァンが言った。

 闇を溶かし込んだような黒い刃は、怖気を震うようなアニマを微かに漂わせていた。


――さあな。ただまあ、少なくともここをぶっ壊したのよりは楽しいだろうよ。……それによ、どっちにしろ、両方壊すんだろ?


 フィーバルの言葉にアルヴァンは柔らかな笑みを浮かべた。


――いいねえ。それでこそ俺の相棒だ。


「そういえばさ、もう封印の心配はしなくていいわけだけど、君は僕の体を乗っ取らないの?」


 ふと気づいたようにアルヴァンが言った。


――あー、その件か。はじめはそのつもりだったんだがな。心の中をのぞいてみたら今までの連中とは違って面白そうな奴だったんでな、そういうのはなしにしたんだ。


「そうだったんだ」


――だが、お前を眺めてるのに退屈したら、すぐにでも乗っ取るぜ。だからよ、ちゃんと俺を楽しませろよ、相棒。


 冷たい声でフィーバルが囁く。


「わかった」


 アルヴァンはあっさりとそう答え、さらに続けた。


「君の方こそ、僕を楽しませてよね」


――…………はっはっはっはっはっ! こりゃあいい! お前、この俺に意見しようってのか! 俺は全てを滅ぼすこの剣に宿る邪神だぞ?


「そう言われても……だって、相棒なんでしょ?」


 アルヴァンは不思議そうな顔で聞いた。


――そりゃそう言ったがよ……くっくっくっ、はっはっはっはっはっ!


 こらえきれないというようにフィーバルは笑い続けた。


――あー面白え。こんなに笑ったのはいつ以来だろうな……。全く、いい奴に巡り会えたもんだぜ。


「僕もそう思うよ」


――そりゃ結構。さてと、話はこれくらいにしとくとして……狩りの時間だな、相棒。


「そうだね。六人かな。この里に入ってきたみたいだね」


 アルヴァンはうなずいて言った。


――五人は雑魚だが、歯応えがありそうなのが一人いるな。


「うん。強そうな人がいるよね。里の人たちよりも、師匠よりも……」


 そう言って遠くを見やるアルヴァンの瞳は、期待に輝いていた。

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