第3話 発覚
最初に、違和感を覚えたのは十一月の初めだった。
ボク、青崎銀河の親友のアカネの様子が明らかにおかしい。
授業中、窓の外をぼんやり眺めているアカネの横顔。
普段なら元気いっぱいで誰よりも真面目にノートを取っていた彼女がまるで魂の抜け殻のようだった。
机の上には教科書も出ていない。
忘れてしまったのだろうか?
隣の黒埼さんが教科書を見せようとしてくれているが、アカネは上の空といった様子だった。
(……なんか、最近元気ないよね)
放課後に声をかけてみても、「大丈夫」と笑うだけ。
――そんなわけがなかった。
ボクはアカネの親友として、誰よりも彼女の表情を見てきた。だからこそ分かる。
アカネは今、「大丈夫」なんかじゃない。
だが、その原因は分からなかった。
アカネは何も語らなかった。心配させまいとして、いつも通りを演じていた。
その気遣いが、今となっては逆に銀河の胸を苦しめていた。
10月の文化祭の後は声優アイドルのタマゴとしての仕事が思いのほかたくさん入ってしまい、アカネを気にかけてあげることができなかった。
(もっと、ちゃんと見ていればよかった)
芸能活動が忙しく学校にもあまり来られなかった日々。
ライブ、レッスン、撮影、オーディション……銀河はずっと走り続けていた。
その間にも、アカネは――ひとりで、なにかと戦っていたのだ。
ボクに心配をかけまいと。
たったひとりで。
「おはようアカネ」
「あ…お銀」
12月のある朝。
ボクは通学路でアカネの待ち伏せをしていた。
今日こそは一体何があったのか聞き出さないといけない。
家庭で何かあったのだろうか?
父のマモルさんの方はともかく、母親のナナミさんの方はいかにも何かやらかしそうだと幼稚園の頃から思っていた。
「さ、今日こそは聞かせてもらうよ?アカネ」
「あ、あはは…お銀もしつこいねえ」
アカネは苦笑いしつつも少しだけ嬉しそうだった。
しかし決して何も話してくれない。
歯がゆい思いをした。
「おはよう」
「お、おはよう…」
挨拶をして教室に入る。
クラスメイト達はざわざわしていたがボクたちが入ると教室はしんと静まり返ったのだった。
一体なんだろうと思ったが、その原因はすぐに分かった。
「…は?」
アカネの席に――花瓶の花が置かれていた。
この花は見覚えがある。
菊の花。
いわゆる仏花というヤツである。
ボクの家の仏壇にもお供えしてあったので間違いない。
クスクスクス
笑い声が聞こえたのでそちらを見ると何人かの女子達が笑っていた。
何が面白いのか、何が可笑しいのかもわからない。
けれどすべてが悪意で構成されていることだけは理解できた。
アカネは愕然として静かに立ち尽くした。
そのまま何も言わず、うつむきそのまま走って教室を出て行ってしまった。
眼には涙が浮かんでいたように思う。
突然のことでボクには何もできなかった。
そしてそれが最後だった。
アカネはそれ以来学校に来なくなったのだ。
何があったのかワケが分からなかった。
あのアカネがイジメうけている?
あの誰に対しても優しい天真爛漫なアカネが?
ありえない。
アカネにイジメをする人間なんてこの世にいるわけがない。
調査を行うためにボクは緑山竜乃と紫藤絵馬の2人を呼び出した。
彼女達はアカネと仲が良い友達だが、2人とも別のクラスだった。
本当は友人の黒埼兎姫も呼ぼうか迷ったが、彼女を呼ぶことはしなかった。
これからボクたちがやろうとしていることを考えると、優しい黒埼さんはハッキリ言えば邪魔である。
竜乃さんと絵馬の2人に朝にあったことを話す。
「何かあったか2人にも調べて欲しい。徹底的に」
「イヒヒヒヒ!承知したぞ銀河よ!拙者の心の友のアカネに何かした者がいたなら血祭りにあげてくれよう!!」
「助かる。それじゃあ次に集まるのは週末の放課後でいい?」
「…悠長だよ銀河。明日でいい」
「そうとも!!拙者たちの力をもってすればその程度の調査など容易いものよ!!」
頼もしい友人達だ。
「了解。それなら明日の放課後。調査結果を持ち寄って集合ね」
すぐさま、三人は調査に動いた。
クラス中の噂、SNSのログ…さらにはどこから用意したのか監視カメラの映像なんてものまであった。
「イヒヒ!拙者は顔は広いでな!!情報などすぐに集まったわ!!」
「私も。PCでこういうのを集めるのは得意。報告するよ」
竜乃は変人だがオタク達を始め実は顔が広い。ボクも声優アイドルとして、竜乃を通じてそういう人達と話をする機会が増えている。
ファンです!と言ってもらえると嬉しかった。
絵馬はPC関連全てが得意なのでSNS情報を集めてもらっていたのだが、どうやって監視カメラの映像など手に入れたのか。
ボクも友人達を通じて情報を集めた。
クラスの人間は口が堅かったが、他のクラスの人間は比較的口が軽く、すぐに情報を集めることができた。
するとまあ出てくる、出てくる。
アカネをイジメていた連中のこと。
やはりアカネはイジメを受けていた。
そんなことにも気付かずボクはなんと愚かだったのだろう。
2人からの報告を読んでいて唇を噛み過ぎて口の端を切ってしまった。
アカネにイジメをしていた連中は主に7名。
沢崎歩。
こいつはサッカー部のバカで、アカネのことをこっそり盗撮してSNSにアップロードしていた。
しかもアカネの顔には加工もせず、中にはかなりきわどい写真もあった。
しかも反応が取れると調子に乗ってさらに連投。
自分の写真ではいいねが2も付かないのにアカネの写真には1万もいいねが付くので調子に乗ったのだろう。
アカネにそのことがバレてやめろと懇願されても盗撮とアップロードをやめず、アカネはそのことをかなり気に病んでいたようだ。
桂美琴。
こいつはブスなのに陰口・悪口・噂話でアカネを追い詰めた。
しかもブスなのにアカネのことをクスクス笑い、ブスなのにアカネのことを追いつめていたようだ。
ブスなのにアカネのことを笑うとは許せない。
ブスなのにアカネのことを笑う権利があるのだろうか?
ブスなのだから鏡で自分の顔でも見ていた方がよほど笑えるというのに。
香川桜子。
こいつは万引きで捕まった罪をアカネに冤罪で押し付けた。本当に最低の女だった。
職員室に呼ばれたのも証拠を教育委員に流されたのもこいつなのに、それをあろうことにアカネがやったように噂を流したのだ。
彼女の親の関係で教師連中も名前を公開するワケにはいかなかったらしい。
到底許せるものではない。
金村健司。
こいつはどこからか手に入れたアカネの詩集を…アカネが密かに綴っていた言葉を無断で公開した。
ボクとアカネは一時期2人で詩などを作っていたことがあるのだが、それを盗んで勝手に公開した挙句馬鹿にしたらしい。
中には演劇部として活動するボクのために作ってくれた小説や脚本の案まであったそうだ。
それを笑いものにするなど到底許せることではない。
角田隆。
こいつは体育の時間にアカネを倉庫に閉じ込めたそうだ。アカネはスマホも持っておらず助けも呼べない。
一晩中倉庫に閉じ込められたアカネはどれほどの恐怖だったのか。
しかも日常的にアカネを小突いたりしていたとの情報もあった。
こいつにとっては軽い気持ちだったのかもしれないが男の暴力など華奢なアカネにとって怖いに決まっている。
想像するだけで胸が痛くなる。
館山飛鳥。
こいつは最低の女だ。こいつは大層なビッチなのだが、取り巻きの男共にアカネをセクハラまがいなことをさせていた。アカネの恐怖と苦痛は想像に難くない。明確に“そういう意図”があった。
許し難い蛮行だ。
殺意すら覚える。
そして最後に田中怜王。
こいつは一番最悪の男だった。水をかける、上履きに画びょうを入れる、給食に虫を混入する、黒板に落書き、など考えうる限りのイジメ全盛りのフルコンボ。
しかもそれを自分では手を汚さず、女子の取り巻きを使って指示していた。
こいつは顔だけならそこそこ良いようで、女からは人気があった。
それを利用しての犯行だった。
――7人。
全員明確な悪意で、アカネを傷つけた。
許し難い7人だ。
(…いや違う)
8人だ。
アカネが苦しんでいたことに気付けなかった自分。
こいつも断じて許せない。
自分はなんて愚かだったのだろう。
「……許せない」
銀河は、唇を噛みしめて言った。
その言葉は自分に向けられたものだったのか、この愚かな7人に向けられたものだったのか。
あるいはその両方か。
「アカネは何も言わなかった。自分が苦しんでいたのに」
銀河はテーブルに拳を叩きつけるのを必死に我慢した。
こんなことをしても何にもならない。
ただ自分が楽になるためだけの行為だ。
必死に我慢してテーブルの上に置いたその瞬間――
「…よしこいつらブチ殺そう」
「イヒヒ、了解である。まずは手近な沢崎殿から首をもがねばなるまいな!」
竜乃と絵馬が立ち上がる。目の奥にはすでに“覚悟”が宿っていた。
「ちょっと待って」
ボクは二人の腕を掴んで止めた。
「二人ともそろそろ受験だよね?竜乃さんも絵馬ちゃんも内申点が悪いと高校に受からなくなってしまう。それはダメだ」
「それがどうした!?!」
竜乃は声を張り上げる。
その顔には怒りが、殺意が宿っていた。
「拙者はアカネ女史の仇討ちのためならば未来など惜しくはないわ!このたわけが!見損なったぞ銀河殿!やらないなら大人しく待っておれ!」
「…私も同じ。報いは必ず受けさせる。銀河がやらないならそれでいい。私1人でもやる」
その言葉に。
銀河の表情が変わった。
「は?」
身体からどす黒い何かが出ていることを竜乃と絵馬はハッキリと感じていた。
ボクがやらない?
ボクがアカネの仇を取らない?
冗談にしても笑えない。
そんなこと地球が滅ぼうがありえない。
急に眼からハイライトが消えた銀河を見て竜乃と絵馬はぎょっとした。
怖すぎる。
「何を言っているんだ2人とも。あの虫けらどもには必ず報いを受けさせる」
銀河の瞳にはありありと殺意が宿っていた。
もしこの世に法律などというものがなく、目の前にあの7人がいたなら間違いなく銀河はそいつらを殺して回っていることだろう。
「考える余地すらないよ。見逃すなんて1ミリも思ってない。むしろ全員潰すに決まってる」
「……じゃ、じゃあ、なぜ止めるのだ!」
「…そう。こういうのは早い方がいいよ」
2人に詰め寄られると銀河は立ち上がり、手を握りしめた。
「これはアカネのための復讐だ。だからこそ、アカネが悲しむような復讐は絶対にしない。復讐は必ず行う。ただし――アカネの本意でないことはしない。」
もしもこれから自分達3人であの虫けらどもを潰したらどうなるか?
きっと全員の将来は潰れてしまうだろう。
自分としてはそれでも後悔はないが、アカネは違う。
きっと彼女はそのことを心に病み、生涯苦しむことになる。
そんなこと絶対に避けなくてはならない。
だから…
「復讐は、あくまで合法的に行われるべきだ。」
一瞬の沈黙のあと――
2人はニヤリ、と実に楽しそうに笑った。
「……くっくっく。さすがでござるな銀河殿。確かにここで心の赴くままに暴れても面白くない。それはあまりに野蛮でござるな」
「……同意。銀河の言う通りにやった方が面白そう」
「それじゃあ2人とも一応確認しておこう」
そこで銀河は一呼吸置いた。
「ボクの復讐計画に付き合ってくれるかな?」
銀河がそう言うと2人は静かに頷いた。
「「乗った」」
――かくして、復讐の幕は開かれた。
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公開の設定にしておくの忘れていました。
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