鼻歌メロディ特許使用料

ちびまるフォイ

見えないものの価値

「ふんふんふ~~ん♪」


温かいお風呂に入っていると気分がいい。

ついなんの歌でもない鼻歌が漏れる。


そのとき、玄関のドアが強く叩かれる。


「〇〇さん、いますか!!!」


「え、ええ!?」


慌ててバスタオルを巻いて玄関に出る。


「どうしたんですか?」


「特許侵害の疑いがあり来ました」


「特許侵害? いったいなんの特許を?」


「鼻歌特許です。あなたは特許登録されている鼻歌のメロディーを口ずさみました」


「は、鼻歌特許!?」


「というわけで罰金徴収します」


「うそでしょ!?」


良かったはずの気分は数秒で台無しとなった。


「毎度どうも。では次回以降は特許侵害にお気をつけて」


「まいどって言っちゃってるじゃないか!」


特許担当者が去っても気分は悪いままだった。


服を着てからも鼻歌特許なんてあるのかと確かめると、

どうやら本当に特許登録されていることがわかった。


特許使用許可を使わずに鼻歌で同じメロディを口ずさめば、

衛星がそれをキャッチしてすぐさま取り立てに来るという。


闇金の取り立てよりも迅速で容赦がない。


「こんなの……納得できるわけ無い!!!」


かつて学生時代に生徒会長もやっていた。

そのあふれる正義感が自分を行動へと駆り立てた。


特許申請を取り下げろというのは無理だろう。

そこで向かうべきは警察だった。


「と、いうことがあったんです!!」


「はあ」


「こんなの納得できないです!

 これがもし悪質な架空請求だったらどうするんですか!」


「いや、もうありますよ。架空請求の手口として」


「え゛」


「鼻歌の特許侵害だとして、使用料を請求するんです。

 鼻歌なんて誰でも口ずさみますからね。

 架空請求だとしても払っちゃうんですよ」


「そこまでわかっていて、なんで取り締まらないんですか!!」


「量がね……どうにも多すぎるんですよ」


警察は鼻歌特許が登録されているページを表示する。

あまりに数が多すぎてパソコンから煙が出てクラッシュした。


「なんて数だ……」


「鼻歌のワンフレーズをひとつひとつ特許化しているから、

 何が登録されていて、何が登録されてないか不明。

 だから架空請求かどうかの区別もできないんです」


「これじゃ特許料取り放題じゃないですか!」


「それを警察に言われても……ねえ?」


「特許を取り下げさせることは?」


「できないでしょうね。登録したもん勝ちです。

 特許は量が多すぎて今はAIが自動的に登録してます。

 重複じゃなければなんでもかんでも登録できるんですよ」


「ザルすぎるシステム……」


「まあ交通事故にでもあったと思ってください。

 現在のシステムを変えることなんてできやしませんから」


「ちくしょーー!!」


警察への直談判により得たのは、何も変えられない無力感だけ。


鼻歌特許なんていう無茶苦茶な特許取り下げを申請したが、

その結果がわかるのに10年後という返答だけだった。


登録された特許が多すぎるし、それゆえに取り下げ請求も多い。

これにより問い合わせの渋滞が発生して、10年後の返答だという。


「10年後だなんて……これじゃ架空請求し放題じゃないか!」


登録することはたやすく、却下することは難しい。

いびつなシステムを目の当たりにし、なすすべがない。

そう思ったとき、ひとつの方法を思いついた。


「いや……まだ方法があるじゃないか!」


自分は新しい特許をひとつ登録した。

予想通り、特許はすぐに認められ、取り下げも難しくなった。


翌日、ふたたびリビングでくつろいでいた。


穏やかな休日の昼下がり。

つい気分が良くなり鼻歌が漏れる。


「ふふん♪ ふんふ~~ん♪」


その鼻歌を宇宙の衛星がキャッチ。

すぐさま特許取り立ての車に情報として入る。


真っ黒いバンが家の前に止まって、中から黒服の取り立て屋がやってきた。


「特許侵害の時間だオラァ!!」


「わわわ!?」


「貴様、またこりずに鼻歌を歌ったな。

 そのメロディは特許登録されている、特許使用料を払え!!」


「証拠はあるんですか」


「ははん。貴様、特許登録数が多くて把握せず

 架空請求だと疑っているのか。この浅知恵め。

 こっちは特許の専門家だ。ちゃんと特定できている」


男の手には特許番号と、侵害対象の特許はキチンと表示されていた。


「もう言い逃れはできないぞ。

 貴様は特許を侵害した。使用料を払え!!」


「それは……しょうがないですね……」


「最初からおとなしく払えばよいのだ。

 往生際が悪いやつめ。まったく」


取り立て屋にお金を渡そうとしたとき、

渡す寸前で手をひっこめる。


「何をしている? さっさとよこせ」


「ところで……あなたがたも特許侵害をした心当たりは?」


「はあ? なにを言っている?

 我々は鼻歌を歌ってもいない。特許侵害するはずがない」


「ちがいますよ。今この場に立って取り立てていること、です」


「どういうことだ?」


まだわかっていない鼻歌特許の取り立て屋に対し、

自分が特許申請した唯一の特許を教えてあげた。



「鼻歌特許を理由に取り立てする。

 この手法の特許はこちらで特許登録しました。

 

 これからは、取り立てするときには

 私に手段の特許使用料を払ってもらいます」



取り立て屋に対し、鼻歌の特許使用料を払う。

今度は取り立て屋からそれ以上の金額の取り立て特許使用料を受け取った。

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