【KAC4掌編】小さな鳥の神様

天城らん

小さな鳥の神様


 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 


 小さなスズメほどの鳥が、はらはらと涙をこぼして泣いている夢だ。


 黒い頭と灰色の羽毛は、セキレイにも似ているが喉元は鮮やかな赤色をしていてかわいらしい。

 しかし、その小さな鳥は夢の中で私にただひたすらに謝っているのだ。


『ごめんなさい。ごめんなさい……。なんの力も無くてごめんなさい』


 私は、それに対して胸がぎゅっとして、なぜか憤りを覚える。

 小鳥に怒るなんてお門違いもいいところだと、頭ではわかっているのになぜかその感情はおさまらない。

 

(どうして、謝るの! 謝るくらいなら、ちゃんと守ってよ!

 あんなに祈ったのに、届いてるならどうしてこんなつらい目にあうの!?)


 私は、夢の中なのに大声で泣いた。

 色々と不運なことや不幸なことが続いていて、誰にも八つ当たりできない、やるせない気持ちが爆発したのだろう。

 

(けれど、どうしてそれがこんな小さな小鳥に対してなの?

 この鳥は何者なの?)


 その答えは、私の記憶の中にあった。



   *



 赤い襟巻をしているような泣いている小鳥を見ながら、私は不意に思い出す。


「おお、うちにもトリの降臨だな。

 これで不幸もウソになって幸福になるな」


 そういって、毎年、父は近くの神社から鳥の木彫りの人形を大事そうに抱えて帰ってくる。

 不幸をウソにしてくれるという『うそどり様』という守り神だ。

 


 しかし、そういっていた父は災害で大けがを負い、私の家も無くなった。

 まわりにも、そんな家庭は無数にあった。



 ――― 木彫りの人形になど、なんの力も無かった。



 私は、家の瓦礫からその汚れた鳥の人形を拾い上げ、投げ捨てる。

 

 それは何かにぶつかり、ガシャンと不快な音を立てた。



 ――― くやしかった。



 こんなものにすがって、幸福になれると信じていた自分が恥ずかしかった。



 不幸をウソにする、うそどりの神様。

 この辺の家庭は、毎年、神社に行列を作って木彫りのうそどりの人形を買い求め家にまつる。



 ただ、家族の幸せを願って。



   *


 

 私は、年の初めに神棚にその緋色の襟巻をしたようなユーモラスな顔の木彫りのうそどり様に、家内安全を祈った時のことを思い出した。


 父と母と弟と四人で手を合わせ頭を下げる。


 すると、心がほわっとして、幸せな気持ちになった。

 家は暖かく、家族の絆を感じた。



   *  



 私は投げ捨てたうそどり様を探し、そのすすをぬぐった。

 

 ただの木彫りに不幸をなかったことにする効果があるなどと、本気で信じていたわけではない。


 ただ、家族全員でこの小鳥の神様を拝むとき、私は幸せだった。



 そう、この小さな神様は私の幸せの象徴だったのだ。



 だから、私は汚れたうそどり様の人形を再び枕元に置いた。


 祈りはしない。けれどいつか家族で祈ることができると信じたかったから。



   *



 人の不幸をウソにしてなかったことにしてくれる、うそどり様。



 その神様は、小鳥の姿で10回目の夢枕に立った。



『ごめんなさい。ごめんなさい……。なんの力も無くてごめんなさい』



 私は、それに対してもう怒りを感じることはなかった。



「いいよ。うそどり様が悪いんじゃないんだから。

 今まで見守ってくれてありがとう。

 これからも、私たちを見守っていて下さいね」


 私は、夢の中でその小さな鳥の頭を撫でた。


 ふわっとしていて、温かくて、優しい気持ちになった。


 ぴゅいゆっと、うそどり様が鳴く。


 もう泣いてはいない。

 

 私も小さく笑って返した。




 しあわせも不幸ふしあわせも、神が与えるものではない。


 神様は、ただ平等に見守ることしかできないのだろう。



 なら、この小さな鳥の神様が泣かずに、謝らず、心安らかにすごせるように、私たちは幸せになる努力をし続けよう。



 その気持ちは、決してウソにはしないと私は心の中で誓う。


 木彫りのうそどり様は、今日も私のことを優しく見守ってくれている。



 お わ り



 


 ※ 鷽(うそ)を祀った神社は実際に各地にあり、不幸をウソにかえる『うそかえ』で、幸運を呼ぶと言い伝えられています。

 

 作中で一部否定的な言い回しもありますが、信仰を否定するつもりはありません。ご了承ください。

 

 いつもどおり、☆3以外も歓迎です。

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