見えない夜

@tomo_kura

第1話 うだつが上がらない

私の人生は、なんともうだつの上がらないものだ。


錆びた古い鉄の扉を開けると、1LDKの我が家が広がっている。

冷えた外気が部屋の中に入り込み、より一層この部屋を暗くさせているように感じた。

気温がまだ定まらない3月中旬の深夜0時。今日はここ最近の中ですこぶる冷え込んだ。

湿気を孕み重くなったコートを掛け、玄関すぐの洗面所で手を洗う。

妻と子の眠りを妨げないように、ゆっくりと静かに。

灯りの付いている家に帰ったのはいつのことだろうか。

随分と昔のように感じる。

寝室に眠る妻は疲れ果て、髪が乱れている。

3歳になろうとする息子は、知らぬ間にまた背が伸びたようだ。

キャンプ用のライトを小さく灯し、ダイニングテーブルに散髪代として3,000円を置く。

鞄の中に入れていたお昼に食べ損ねた惣菜パンをレンジで温めてモソモソと食べる。

まるで私のように萎びたパン。そうやったところで、このパンは陳列されていた時のような艶は取り戻せないのだろう。

手のひらに乗るほどの小さなパンに随分と時間をかけて咀嚼する。

いつから食事を楽しまなくなったのだろうか。

この萎びた物体は、私に食べられることが本望だったのだろうか。

気がつくと、パサパサになったパンに中のコロッケが床にポロポロとこぼれ落ちる。

落ちたコロッケに混じって、埃や髪の毛。いつのものかわからない食べカスが落ちている。

薄暗い室内には、子どもが遊んだおもちゃや生活の残骸がそのまま残っている。

深く乾いたため息が漏れた。

賃貸のなんの模様かもわからない天井を仰ぎ見て、さらに声が漏れる。

「かえりたい」

どこにも行けない。ここしかないのにそう思ってしまう。


翌朝、妻の沙織はいつも通りの生活を送っていた。

私が片付けた部屋を次々と息子と一緒になって汚し、幼稚園の準備をして出掛けていった。

妻と息子の食後の食器を片付け、自分用にパンを焼く。

暖かい白米を食べた記憶を遡ってしまう。ここではもう得られない幸せなのだろうか。

そうこうしているうちに、自身も出勤の時間が迫ってくる。

昨夜残した3,000円はきちんと姿を消していた。


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