君が愛した歌の痕
宵宮祀花
それはまるで、かさぶたのような
高三の夏に付き合った彼は、少し古い曲が好きな人だった。
皆が追っかけているような、いまメジャーなアーティストやボカロなんかは歌詞や曲が浅くて好きになれないって言っていて。当時はわたしも子供だったから、そんな彼が他の男子より格好良く見えていた。
カラオケではいつも、誰も知らないような曲ばかり歌う。わたしは歌手の歌声より先に、彼の歌声でその曲を覚えてしまった。
ギャルって言葉がいまと全然違う人種を指してた時代。彼もわたしも当時を生きたわけじゃないから、知らないことは多い。でもあの頃の流行曲だけは、彼のおかげでいまの流行よりもちょっとだけ多く聞いていた。
彼が好きだったのは、90年代のポップミュージック。
特徴のある裏声もキーを変え過ぎて別物みたいになった伴奏も、全部好きだった。知らない時代の知らないアーティストの曲なのに、何度聞いても飽きなかったのは、彼が歌っていたから。彼が大好きだったから。
わたしはその時代にもそのアーティストにも興味はなかったから、サブスクとかで
わざわざ探したりはしなかった。
でも、それももうお終い。二度と聞くことはないだろう。だってもう曲名すら出てこない。いつも音程を外していた部分の他愛のない歌詞とか、そういうどうでもいいことは覚えているのにね。
なんて、思っていたのに。
ふと、親が流し見してたテレビで偶然聞こえて来た、聞き覚えのある曲。
確か、懐かしのヒットソングランキングとかそんな名前の番組だった。
その番組は、90年代、00年代、そしていまの音楽ランキングを発表しながら、当時を懐かしんだり世代間ギャップを面白おかしく話したりする番組らしい。
スタジオのひな壇には、色んな世代の芸能人が並んでいる。令和世代のギャルと、昔ギャルだった人と、オタクを公言している芸人と、サブカルなんて知らなさそうなお年寄りの俳優さんまで色々。
「あー懐かしい。あったあった。私も買ったわー」
母親が、テレビを見ながら独り言を言った。
画面に映っているのは、手のひらサイズの卵形したゲーム機だ。オモチャみたいな見た目で、画面は白黒。この頃も白黒テレビだったっけって思ってたら、違った。
ゲーム機の発売日に行列を作る人たちをバックに、曲が流れる。
妙に劣化した当時の映像は、何だかキーを低くしすぎて別物になった彼のカラオケみたいだと思った。
「これってこういう曲だったんだ……」
そのときわたしは、初めて原曲キーで彼のお気に入りの曲を聴いた。
ただ、やっぱりあまりに別物過ぎて違和感が凄かった。なにせアーティスト本人は女性だから。裏声も綺麗で良く伸びていて、原キーならわたしにも歌えそうだった。もちろん、本人みたいに上手く歌えるとは思わないけど。
興味を失ったわたしは、別のアニソンに移った番組を背に自分の部屋へ帰った。
やっぱり違う。
わたしにとってのあの曲は、メインメロディがやたらと低くて死にそうな裏声の、男声曲だ。たとえ伴奏があり得ないくらい低くなっていたとしても。歌詞が女の子の目線で描かれた、恋愛の歌だったとしても。
本当はわかっていた。彼は他の人が選ばないものが好きなだけだって。
だから何処かのクラスの知らない誰かが、アイツ最近ちょっと可愛いよな、なんて噂していたことを理由に別れを告げられた。他の人も簡単に好きになるような、浅いものを好きでいるのは格好悪いから。
そしてそれはお互い様で。わたしは他と違うものが好きな彼が好きなだけで、別に彼が好きなものを共有したいとか彼の好みでいたい想いは、少しもなかった。
お互いがお互いを見ていなかった。他とちょっと違う自分だけを見ていた。
流行曲じゃなくて良かった。
古い曲だから、きっともう、聞くことはないだろう。
耳に残る違和感も、そのうち彼との思い出と一緒に消えてくれるはず。
君が愛した歌の痕 宵宮祀花 @ambrosiaxxx
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