繰り返される悪夢
新巻へもん
暗闇の底で
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
いえ、本当に夢なの?
9回というのも私が勝手にそう思っているだけ?
小霧は何度も同じことを繰り返している気がした。
夢なら覚めてほしい。
けれども、これは厳然たる現実であることを五感が訴える。
この先に待つのは永遠の苦しみか、絶望の果ての悲惨な死か。
気が付けば見知らぬ陋屋におり、雛壇を見たことをきっかけに忘れかけていた澪ねえを思い出す。
あこがれの人。
冷たい容貌の怪しげな子供が現れると澪ねえの姿をした亡霊が警告した。
「サギリニゲテ」
子供はやはり見た目通りの存在ではなく何か人ならざる妖精の正体を現し、必死に逃げ惑う。
逃げ場がなくて古い汲み取り式の厠の穴に身を投げた。
深さが分からなかったものの足を骨折することはない。
もう使われなくなって久しいのか、排泄物は堆積していなかったが、こびりついた酷い悪臭と薄い酸素に意識が遠のく。
じめじめとしたものに触れる手の上を虫かなにかがかさこそと這いまわった。
上の方をしゅーしゅーという音を立てるものがずりずりと動く気配が伝わってくる。
悲鳴を上げたいのをぐっとこらえた。
警告してくれた澪ねえのためにもこんなところで死ぬわけにはいかない。
こんな汚くて臭くて気持ちの悪いところで死ぬなんて絶対に嫌。
小霧は必死になって暗闇のなかを見回す。
暗さに目が慣れてきたのか一方の壁に薄ぼんやりとした矩形のものが目に入った。
きっとあれが汲み取り口に違いない。
小霧は立ち上がるとその矩形に向かって歩きだす。
とたんにずべっと足が滑って転んだ。
平衡感覚を失っていて分からなかったが、この穴の中は緩い勾配を描いており、じめじめぬるぬるとした床に足を取られたのである。
とっさに手で支えることもできず全身を床に打ち付けた。
気持ち悪いものが全身にまとわりつき、跳ねたものが顔や髪にもかかったことを感じる。
しかし、今はそんなことをきにしている場合ではなかった。
振り返って見てもいないし、見ても視認することはできなかっただろうが、何かが上の方から便器の穴を伝ってこの空間に滑り降りようとしているのを小霧は感じ取っている。
この空間の闇よりも暗きもの。
なにか禍々しい存在が近づいてきているのを知覚し全身の毛穴が総毛だった。
本能的な危機感に突き動かされて小霧はよつんばいのまま床を移動していく。
永遠のような時間が過ぎ去った気がしたが小霧はようやく矩形にぼんやりと明るくなっていう場所にたどり着いた。
渾身の力を込めて小霧は矩形のものを叩く。
戸板のようなものがわずかにたわんで差し込む明かりが広がった。
簡単な留め金で押さえているだけらしいということを悟って勇気づき、今度は全身でぶつかるようにして体当たりをする。
あと少し。
すぐ近くまで忍び寄る何かに怯えながら小霧はここを先途と戸板に体をぶつけた。
***
KAC2025連作してます。
第1話 うれしいひなまつり
https://kakuyomu.jp/works/16818622170372439708/episodes/16818622170372443559
第2話 姉さんの記憶https://kakuyomu.jp/works/16818622170603278361/episodes/16818622170603280899
第3話 人に仇なすもの
https://kakuyomu.jp/works/16818622170819350767/episodes/16818622170819984530
繰り返される悪夢 新巻へもん @shakesama
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