減速する檻
あげあげぱん
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
僕は、朝起きてすぐにテレビのニュースを確認した。ニュースキャスターが残忍な殺人事件についての原稿を読み上げている。ある男性が全身を切り刻まれて殺されたらしい。このような、恐ろしく異常な方法での殺人が今月だけで9件確認されている。
今月の頭から、何度も恐ろしい夢を見る。その夢の中で、僕は走行中の電車に乗っていた。同じ車両に誰かが1人乗り会わせている。「切り刻み~切り刻み~」そんなアナウンスが電車内に響き、夢の中の僕は動き出す。アナウンスされた通りの残忍な方法で、僕は乗り合わせた誰かを殺す。そして、夢で殺し方に合った死体が翌日発見されるというわけだ。
最初は、何かの偶然だと思っていた。いや、偶然だと思いたかった。しかし何件も現実でのニュースが読み上げられていくと、あれは僕がやったのだと認めざるをえなくなった。僕は、殺人を犯したのだ。その事実が恐ろしくて、寒気がする。
このことを警察に言っても、信じてはもらえないだろう。仮に、僕を刑務所に閉じ込めることができても、この殺人は止まらないと思う。僕は、夢の中の僕をコントロールできないからだ。悔しいが、夢の中で僕は無力だ。僕の殺人を、見ていることしかできない。
だが、一つだけこの殺人を止める方法はある。僕が夢を見なくなれば良いんだ。だけど、人間は眠ることを我慢し続けることはできない。だから、僕が夢を見ないようにするためには……恐ろしいが、やるしかない。僕には、僕が誰かを殺してしまうことの方が苦痛だ。
夢というものは、結局のところ脳の電気信号が見せている映像だ。と、僕は思っている。つまり、僕の脳が動かなくなれば、僕は夢を見なくなる……はずだ。他に方法は考えられない。ぐずぐずしてると、また新しい被害者が出る。だから、今から僕は死ぬ。怖いけど、社会のために僕は死ななくてはならない……いや、違うか。僕は、僕の凶行が恐ろしいのだ。その現実から、逃げたいんだ。
とにかく、僕は死ぬ。死ぬと決めた。部屋の天井にロープを吊るし、輪っかを作った。椅子に上り、覚悟を決める。そして、足元のそれを蹴った。
……僕は、地獄に落ちたのだろうか? きっと現実の僕は、死んだはずだ。いざ死んでみると、呆気のないものだな。
目覚めると、そこは何度も夢に見た車両の中で、いつもと違い、減速を始めていた。車内に、僕の他の人間は居ない。この電車が停まると、どうなるのだろう? せめて、誰も居ない場所で、僕一人で取り残されるのなら、望むところだ。そう考えていた時、車内にアナウンスが響く。
「次は~皆殺し~皆殺し~」
……ああ、そうか。僕は……やってしまったのか。
僕は夢の中に、僕という怪物を閉じ込めていた。でも、僕の肉体が死んだ今、その怪物は解き放たれてしまうのか。だから、この電車は減速しているのか。この電車は、怪物を閉じ込める檻だったんだ。
電車が、停まる。車内の扉が、開く。僕は席を立ち、歩き始める。いやだ。外には出たくない。でも僕は、僕を止められない。あとはもう祈ることしかできない。夢の中の皆が、僕に見つかりませんように。もしくは。
夢の中の僕を、誰かが殺してくれますように。
減速する檻 あげあげぱん @ageage2023
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