外道騎士ジェラルド・ヴェイダーの異世界蹂躙譚~全キャラ死亡エンドしかない鬱ゲーのざまぁ(惨殺)キャラに転生した。死にたくないので死ぬ気で努力したらヒロインたちとのラブコメゲーが始まった~

だいたいねむい

第0話 外道騎士の最期/再試行

「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なバカなバカな馬鹿なバカなあああぁぁぁぁぁーーーーッ!!!!?!?」


 くらいダンジョンの広間に、男の絶叫がこだました。

 苦痛と絶望と憤怒に憎悪。

 端正な顔をあらゆる負の感情で歪ませながら、ジェラルド・ヴェイダーは狂った犬ように叫び続ける。


 剣は折れ、身体は満身創痍。

 這いずり石床を掻きむしる爪は剥がれている。

 腹は切り裂かれ、内臓はずたずただ。

 肋骨など、何本折れているのか分からない。


 彼の口や目、それに耳や鼻――穴という穴から赤黒い血がこぼれ出し、冷たい石床にぬるい水たまりを作り出していた。


「この俺がこの俺がこの俺がこの俺がこの俺がこの俺がこの俺がこの俺がこの俺がこの俺がこんなこんなこんなこんなこんな雑魚に雑魚に雑魚に雑魚にいいいいぃぃぃッ!!」


 絶叫は怨嗟に変わり、ジェラルドの血走った眼は、今まで自分が見下し、蔑み、嘲笑っていた――そして今、自分を終わらせようとしている――少年へと向けられた。

 金色の髪をした、気弱そうな、それでいて瞳に強い光を湛えた少年だ。


「君のけだ、ジェラルド。不意打ちも、誰かを人質に取るのも、幼い子供に魔物をけしかけて救助か戦闘続行の選択を迫るのも……授かった『加護』を最大限活用した、君なりの――『外道騎士』の戦いなのだろう」


 少年はジェラルドを見下ろしながら、静かにそう言った。

 手に持った血まみれの剣を、ギリギリと強く握りしめながら。


「けれども……『鷹王の加護』が覚醒した今、君の剣は決して僕に届かない」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい俺を見下すな憐れむな同情するあああぁぁぁーーーーッッ!!!」


 吐き出す血が床を汚すのも構わず、ジェラルドは絶叫した。

 少年をくびり殺そうと、少しでもにじり寄ろうと、冷たい石床を掻きむしる。

 爪の破片と血しぶきが宙に舞う。


 けれどもジェラルドの身体が少年に近づくことはない。

 巨大な岩塊が下半身をし潰しているからだ。


 『加護』が覚醒した少年の力は凄まじかった。

 神速とも言える剣がジェラルドの腹部を切り裂き、さらには攻撃の余波で身体を吹き飛ばし、ダンジョンの壁面に叩きつけた。

 その衝撃でダンジョンの天井と壁面の一部が崩壊、崩落。

 強烈なダメージで身動きの取れないジェラルドの下半身を、大量の土砂と岩石が無慈悲にし潰した。


「これまでの君の所業は許されるものじゃない。何人もの……何十人もの級友が、先輩が……この『魔界』で魔物に喰われて死んだ。君がくだらない邪魔をしなければ、助けられた命ばかりだ」


 ここで初めて、少年の瞳に昏い感情が浮かび上がる。

 それは憎悪と侮蔑……それに強烈な殺意の色だった。


「その中には、師匠……アリッサ教官もいた。君が、君のくだらない謀略とやらが、君の実の姉・・・を殺したんだ」


 少年の顔がくしゃりと歪む。

 込み上げる感情を押し殺すように、彼は底冷えのする声色で続ける。


「彼ら彼女らの悲鳴が、助けを呼ぶ声が、何より僕と君の名を呟きながら、僕の手の中で息絶えた師匠の声が……耳にこびりついて離れないんだ」


 震える声でそう言ってから、少年はジェラルドに背を向けた。

 彼は腕の袖で顔をぐしぐしと拭い、それから剣を振り、血を――こびりついたジェラルドの血を払った。


「でも……君の叫びだけは、きっと僕には聞こえない。……そしてそれこそが、僕が背負うべきつみだ」

「ま……て……勝負は……まだ――」


 ジェラルドは震える手を、少年に伸ばす。

 だが、それが届くことはない。


「待――」

「ジェラルド・ヴェイダー。君はここで死んでゆけ」



 そう言い残して、少年は広間から立ち去った。

 ジェラルドの他には、周囲に薄闇と静寂だけが取り残された。

 しかしそれも僅かな間だった。


 ――ずるり。ずるり。


 なにか濡れたものが這いずり、こちらに近づいてくる。

 それが何なのか、暗がりに慣れたジェラルドの目はすぐに認識した。


「ひっ……」


 思わず息をのんだ。

 巨大な肉の塊が、ズルズルと蠕動しながらゆっくりと近づいてきている。


 アビス・クロウラー。


 ダンジョンに生息するワーム系魔物の一種で、動けなくなった動物や屍肉を喰らいダンジョンの環境を維持する『掃除屋』。


 普段なら、歯牙にもかけない雑魚である。

 だが、ジェラルドは瀕死だった。

 剣もなく、下半身はすでに感覚がない。


 つまり今、『掃除』の対象となっているのは――自分だ。


 そいつはジェラルドに十分近づくと、まるで粘膜のような体表をガバッと大きく開いた。

 大人一人を丸呑みできるほど大きく広げられた咥内には、細かい牙がびっしりと生え、唾液が滴っている。

 それがゆっくりとジェラルドに覆いかぶさってゆく。


「くそっ、俺はまだ生きているぞ! やめろ……やめろおぉーーーーーーーッ!!」


 だが魔物にとっては、瀕死かつ身動きの取れないジェラルドなど、ただの餌でしかない。

 ジェラルドの絶叫は、ゆっくりと魔物の口腔内へと呑み込まれ――


 ――――――――


 ――――







 世界が止まった。






 『ごめんなさい』


 静止した世界に、小さな声が響く。

 囁くような、呟くような、そして震えを帯びた少女の声だ。


『ごめんなさい』


 さらに少女の声が響く。


『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――』


 すべてが止まった世界に、謝罪の言葉が何度も響き渡る。


『貴方の死はどうしても避けられない。『反逆の加護』は、運命を覆えせない』

『何度も』

『何度も何度も』

『何度も何度も何度も何度も試したけど、やっぱりだめだった』


『繰り返す度、貴方の魂は穢れ、擦り切れていく』

『試行するたび、歪み、呪いを撒き散らす存在に変わっていく』


『私の『加護』では、貴方にやり直す機会を与えることはできても、ただ眺めることしかできない』

『優しかったあの頃の貴方を、私は取り戻すことができない』


『それに、試行可能な回数も……私の魔力を勘案すれば、もう……』


 少女の声が少しだけ震える。

 一瞬だけ間が空いてから、声が先を続けた。


『だから……私は最後の力を使い、別の方法に賭けることにした』

『この方法が正しいのか、私には分からない』

『けれども貴方を救うには……こうするしかないと思ったから』


 それは決意に満ちた、しかし静かな声色だった。



『だから貴方は安心して、『最後』をやり直して』



 その声とともに、世界が動き出す。

 悲鳴も絶叫も、もう聞こえない。


 そして――


 外道騎士ジェラルド・ヴェイダーの死をトリガーにして、『反逆の加護』がすべての因果を過去に押し戻す。






『私は貴方を愛しています』


 誰にも届かない声は、逆巻く時の奔流に呑み込まれ……すぐに消えた。

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