悪夢は続くよ、どこまでも!

みすたぁ・ゆー

悪夢は続くよ、どこまでも!


 

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 どんな内容かというと、あの奇っ怪な生物――トリにいつまでもストーキングされるというものだ。しかもその夢を見た翌朝、それは必ず正夢となる。


 要するにヤツはどこからともなく目の前に現われ、俺の通う高校やバイト先の仏具店、風呂、トイレ、養鶏場、キャバクラ、ぼったくり居酒屋、コンセプトカフェ、薄い本を専門に扱う書店など、あらゆる場所に付いてくるわけだ。


 これでは快楽を味わ――じゃなくて、気の休まる暇もない。


 しかもヤツのストーキングは『とある条件』を満たすまで続くというのだから恐ろしい。


 もっとも、それはチンチロで百回連続のピンゾロを出すとか、渋谷のスクランブル交差点の真ん中で全裸になるとか、徳川埋蔵金を掘り当てるとか、そういった難しいことじゃない。単純にヤツの食欲を満たしてやればいいのだ。


 ただし、すでに自力では飛べない状態になるくらい皮下脂肪を身に蓄え、団子のような丸い体型になっているトリだ。チーズ牛丼の特盛り三人前程度で満足するはずもない。


 いつもヤツは俺の一か月のバイト代が一瞬で消し飛ぶくらいの暴飲暴食をしていきやがる。腹立たしいのは、その夢を見るのはいつも給料日だということ。分かっててやっているとしか思えない。


 もちろん、俺としてもその対策として食欲が減退するようスプラッタ映画を見せたり、共食いになる焼き鳥屋やフライドチキン屋へ連れていったり、禁鳥のツグミを食わせて警察に逮捕させようとしたり、様々な手を打った。


 だが、いずれもヤツを止めることが出来なかった。




 そろそろ目が覚めて6分9秒が経つ。もうすぐヤツが来る。きっと来る。


 パソコンのディスプレイから抜け出すようになのか、それとも机の引き出しを開けてなのか、庭にある防空壕の中の魔方陣から召喚されるのか、それは分からない。


 やがて俺の部屋の本棚に収納されている赤い本が光り輝いた。呪文を唱えれば魔法でも使えそうだが、俺には魔物のパートナーはいないのでその可能性はないか……。


 そしてその本は勝手に本棚から飛び出して宙を舞うと、パラパラとページが捲れていった。そこに描かれている肌の露出した女の子の萌え絵が、残像のように俺の目に残る。



 トリの降臨――。



 よく分からないが、神様にそのフレーズを頭に思い浮かべろと命令されたような気がしたからその通りにしてみた。


 いずれにしても本からトリが飛び出し、俺の目の前に降臨するのは間違いない。


「……ぷはぁ! 六か月振り9回目の再会になるなぁ。今回も満腹になるまでしっかり食わせてもらうぜぇ。東京都千代田区大手町●●××△△に在住の陰キャ男子高生で、虚数iや円周率πよりも同じクラスのアイちゃんの大きなパイが大好きな垢狐あかぎつね鈍兵衛どんべえくん」


「誤解されるような言い方するなッ! アイちゃんのパイって、胸のことじゃないからなっ? 彼女は子作り――じゃなくてっ、お菓子作りが趣味で、たまにクラスのみんなにアップルパイを振る舞ってくれるんだよ! それとiとかπとか、数学に掛けた言い方なのもなんかムカツク!」


「でもお前、アップルパイだけじゃなくて、アイちゃんの胸も好きだろ?」


「当然だっ!」


「うむ、正直でよろしい。というわけで、今回もゴチになるぜ」


「……くそ、なんでトリなんかに性癖を暴露しなきゃならねぇんだよ」


 俺が不満を零していると、トリは喉の奥でクククと笑う。


「それはまぁ、話の流れだから仕方ねぇじゃねぇか。文句なら『みすたぁ・ゆー』とかいう創造神に言えよ。あの横暴な神にな」


「いや、さすがに神様には逆らえねぇよ……」


 そう呆れながら呟いた俺に対し、トリはペッと唾を吐き捨てて悪態をつく。


「ふん、このヘタレが! 俺は神だろうと恐れねぇ! アイツにはパラレルワールドの俺が散々な目に遭わされてきてるからな! いつかってやる!」


「ちなみにどんなことをされてきたんだ?」


「仲間を庇おうとしたら暴力女子に釘バットで殴られたり、地下鉄駅の横穴にある場末の酒場で焼き鳥にされたり、言いたくもない愚痴をひとり語りさせられたり。年に一度のペースでだぞっ? なぜか毎年3月になると、カク●ムとかいう世界のイベントで短編の主人公をさせられて、酷い目に遭うんだよ!」


「でも出番があるだけいいじゃんか」


「どうせならもっと出番をよこせよ! シャロンとかアレスとかシルフィとか、アイツらみたいに長編の主人公をさせろよ! レース鳩のツバサみたいに紙媒体作品の主人公に抜擢しろよ! 同じ鳥類なのに俺の待遇が悪すぎだろ! だから仕方なく俺は腹いせに、鈍兵衛どんべえにパラサイトしてるんだ!」


「俺はお前の腹いせの被害者かよっ! くそ、とんだとばっちりだよ!」


 不満を爆発させた俺は、部屋の隅に放置してあった鉄アレイとチクワをぶん投げてその怒りを発散した。


 ちなみにトリは器用に鉄アレイを避けながらチクワだけを食い散らかしていく。


「つーわけで、鈍兵衛どんべえ。今回はどんな店に連れてってくれるんだ? 焼き肉でも寿司でも天ぷらでもラーメンでも、腹が膨れるならなんでも良いぞ」


「悪いが、昨今の物価高で外食産業も値上げラッシュでな。俺のバイト代ではお前の腹を満たしてやれるか分からない。そこでお前が現われた時のことを想定して、物置に米を数十キロほど買い込んである。今回はそれで納得してくれ」


「チッ、米か……。まぁ、いい。鈍兵衛どんべえにも色々と事情があるだろうからな」


「物置の扉は開いてるから、勝手に食ってさっさと消えてくれ」


「よーっし、米を食うぞーっ!」


 ヨダレを垂らし、意気揚々と部屋を出て行くトリ。その後ろ姿を俺はほくそ笑みながら見送るのだった。




 実はあの米は米価の高騰を見越して、事前に買い占めてあったもの。それを転売すれば大儲けできると思って、とにかくあちこち走り回って買い集めていたのだ。


 だが、いざ売りさばこうと思っていた時、想定外の事態が起きる。


 ぞんざいな保存により米は劣化し、虫も大量に発生。さらに政府による備蓄米の放出、食用ではない薬品漬けの米の存在、そうしたことのSNSでの情報拡散などが原因で、俺の米は全く売れなくなってしまった。


 大儲けどころか大赤字。せっかくFXでコツコツ稼いだ資金を全投入したというのに、その全てが回収不能となるとは……。


 どうしたもんかと頭を抱えていた時、思い浮かんだのがトリの存在だった。


 今まで8回も繰り返されてきたことだし、あの貪欲なトリクズ野郎ならいずれまた現われるに違いない。そう考えた俺はヤツにそれを食わせて処分してしまえばちょうどいいと考え、廃棄せずに残しておいたわけだ。



 ――直後、外にある物置から腹痛に苦しむトリの断末魔の叫びが聞こえてきたのは言うまでもない。



〈おしまい――じゃなくて、おしまいっ! おあとがよろしいようで……〉

 

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