終わり、また始まる

はろ

終わり、また始まる

 24回目のお葬式は、特別盛大にやることにした。


 会場は二千人規模の大宴会場。祭壇には肉体年齢23歳のあたしの一番盛れているでっかい写真を掲げて、その周りを千本の白いバラで飾る。

 会場にはスクリーンとプロジェクターも用意されている。そこに、感傷的な映像を流すのた。

 映像は仲睦まじく暮らす彼とあたしの姿から始まる。しかしほんのささいなすれ違いから、次第に距離を置き、お互いに他の人に惹かれ始める。

 そこから切り替わって病院のシーンへ。医者が重々しく『もう手遅れです、余命半年ですね』と告げ、あたしは顔を覆って静かに泣く。一方、またもシーンが切り替わり、夜景がきれいなバーのカウンターで一人水割りを飲む彼の姿。彼は『あいつを失うことになるなんて……俺には耐えられない』と顔を歪め、肩を震わせる。

 そこで映像は終わり。スクリーンが取り払われると、祭壇の前にはスポットライトに照らされた彼とあたしがいる。死に装束としての純白のドレスを着たあたしと、喪服としての黒いタキシードを着た彼は向かい合い、熱く見つめ合う。


「本当は、あなたを一番愛してる!生まれ変わっても、また結婚しようねっ!」


 マイクを握りしめ、涙声で絶叫するあたし。すると彼は感極まったようにあたしを抱きしめ、『俺も愛してる!』と叫ぶ。ここが一番盛り上がるはずのところで、実際参列客の多くが涙を堪えられなかったみたいだ。そもそもわざわざあたしのお葬式に出るような人たちは、そういうのが好きなのだ。


 葬儀は盛況のうちに終わった。死に装束のまま、あたしは香典の札束を数える。

 成績は上々、なかなかの売り上げだった。もろもろの用意でそれなりの費用はかかったけど、費用対効果を考えればまずまずの高コスパ。彼とあたしのダブル不倫が世間にバレた時にはもういよいよ終わったなと思ったけれど、今日のお葬式でうまく挽回出来たんじゃないかと思う。実際ネットの反応もチェックした感じ、なかなか好感触だ。


「そういえばさ、分裂室にはいつ入るんだっけ?」

「ん?このあとすぐだけど?」

「マジで?今夜、肉でも食いに行こうかと思ってたんだけど。お前、しばらく喃語に四足歩行で固形物も食えない暮らしだろ」

「あぁ、いいよ気使わなくて。あの子と一緒に行ったら?今日も来てたし。そういえばさ、あの子がこないだくれたサブレ、美味しかったって伝えておいてくれる?さすがにあたしの好み、よくわかってるよねー」

「だろ?あいつ、おれのファンである前にお前のファンだから。わかった、言っとく。喜ぶわ、あいつ」


 そういって、彼はあたしの前で堂々と他の女に連絡を取り始める。けれどその姿に、あたしの心はみじんも波立つことはない。

 あたしは今26歳。肉体年齢26歳での分裂は相場に比べれば大分早めだ。分裂の平均年齢は、たしか46.3歳だっけ。

 24回目のあたしが分裂を早めなくてはならなくなった理由は、内臓に悪性の腫瘍が見つかったからだった。手術をしても予後は良くないだろうということで、医者に早期の分裂を進められた。面倒くさいなぁと思いながら、ふとあたしはこれはまたとないチャンスであると気が付いた。これを利用して、あたしと彼の汚名を返上するのだ。


 はるか昔、あたしは彼と大恋愛をした。彼はあたしの一族にとって仇にあたる血筋の息子で、あたしたちの恋愛は周囲の誰しもに激しく反対された。

 けれどあたしたちは秘密裏に逢瀬を重ね、突然襲い来る刺客やちょっかいを出してくる当て馬にも惑わされず、とても長い時間をかけてついに無事に結ばれた。その顛末だけで一本映画が撮れるくらい、それは素晴らしく感動的な恋だった。

 そのあたしたちの恋の物語が世間に知られるようになったのは、4回目のこと。2回目も、3回目も、4回目も彼と夫婦を続けていたあたしは、不意に思いついて昔のその恋を本に書いてみた。そうしたら、それがおそろしく売れてしまったのだ。

 繰り返し分裂する人間たちは、そもそも同じ相手と1回以上夫婦生活を繰り返す事自体が珍しい。4回目までずっと添い遂げているあたしたちは、いつしか『永遠の愛』の証だと言われるようになっていた。

 あたしたちを題材にした映画が実際作られ、ドラマ化もされ、あたしたちは有名トーク番組にゲストとして呼ばれたり、CMに出たりするようになった。

 仲睦まじく振る舞えば振る舞うほど、世間はそれを『永遠の愛』の証だと持ち上げる。

 いつの頃からだったか、今となってはもうあまり覚えていない。けれどいつの間にか、彼もあたしも、その期待に応えるためだけに一緒にいるようになっていた。

 なんでかって、儲かるからだ。今や、あたしたちの恋も結婚も、何もかもがものすごく儲かるのだ。


 そしてついに、この24回目に事件は起こってしまった。彼とあたしのダブル不倫が、週刊誌にすっぱ抜かれたのである。とはいえ、実は随分前から――確か7回目くらいの頃から――あたしたちにはそれぞれ他にパートナーがいた。 

 自分で言ってはなんだけど、あたしは美女だし、彼も美男だ。あたしたちは、それはもう、とてつもなくモテるのである。チャンスは掃いて捨てるほど存在するのに、何百年も一人の男や女にしがみついていろというのは無理がある。

 あたしと彼は今でもそこそこ仲良しだし、愛しているかいないかといえばまあまあ愛していると思う。その愛は、家族愛とか、人類愛に近いものではあるけれど。あの魂まで灼き尽くされるような激しい恋心は、残念ながらもはやどこにも見当たらない。

 不倫がバレたあと、世間は『永遠の愛』が期待を裏切ったとあたしたちを袋叩きにした。叩かれるだけならまだ良かったのだけれど、規約違反を犯したという理由でCM契約を破棄され、多額の賠償金を背負うことにもなってしまったのは痛かった。

 なんとかそれを返済しないといけない。それに、分裂にはなにかとお金がかかる。分裂後は乳児の姿からやり直すことになるので、ベビーシッターも雇わなくてはならないし。けれど幸い今日の香典で、その全てを十分まかなえそうだ。

 

 二千年くらい前までは、人間は分裂出来なかったらしい。有性生殖という方法によって、女が腹の中で人体を製造する仕組みだったのだとか。かつその人体はけして複製されたものではなく、人の命はその肉体の活動限界によって永遠に終わるものだったという。お葬式という習慣は、その時代の名残らしい。

 しかし人間は永遠を手に入れた。そして同時に、あらゆる『永遠』を証明する機会も得た。

 例えば『永遠の愛』もその一つ。結果人間は、『永遠の愛』の実在可能性が相当に低いということに気づいてしまった。永遠の命は簡単で軽いものだが、永遠の愛は厳格で重いのである。『永遠の愛』は、とても価値がある。

 つまり、儲かるのだ。お金になる。

 だからあたしたちは、これからも夫婦であり続けると思う。1回目の純情なあたしたちの恋心を、踏みにじり続けているような気もしないでもないけれど。


「じゃあおれの25回目は、お前をある程度育児してからはじめることにするわ」

「うん、少し年は離れちゃうけど、それもまた『永遠の愛』っぽいよね。育児、表面的にやってるふりだけしてあとはベビーシッターに投げちゃっていいからね。ベビーシッター、もう契約してあるし」

「おお、助かるわ。じゃあ分裂、頑張ってな」

「うん、ありがと。じゃあ分裂後にねー」


 愛しい女のもとに行く彼に笑って手を振りながら、ふとあたしは思う――もし1回目で終わることが出来ていたなら、あたしたちはもっと、美しい物語になれていたんじゃないかなって。

 分裂前は、感傷的になって良くない。大脳が複製の準備を始め、自己実在性にゆらぎがうまれることが原因らしい。

 やれやれと思いながら、あたしは分裂室に行くためのタクシーを呼ぶ。24回目を終え、25回目を始めるために。

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