ある日のスタッフ

「えぇ〜? こんなちっちゃ〜いざこ針にビビってるの〜?」


 スタッフの一人が大人を煽っていた。

 揺れるピンクのツインテール。背は低く、年齢は10歳ほどに見える。

 サイズの合う制服がなかったのかオーバーサイズで、萌え袖と呼ばれるあざとらしい可愛さを見せつけるように手を口に当てて嘲笑していた。


「あっそっかぁ、ざこ人間だからかぁ!」


 こんなガキに好き勝手言われ放題されていては大人の面目丸潰れ。大人は怒りがじわじわと溜まっていく。


「ざ〜こ、ざ〜こ♡」


「こ、このガキっ……!」


「はい打ちますね」


 少女の言動で限界を迎えた怒りが吹き出す瞬間、それ即ち注射が意識から外れる瞬間。その緩みを狙ってのぷすり。プロの連携である。


「ガキなんて名前の人いるの? ミシャわっかんなーい」


 用が済んだら次へ急げ。すてててて、と走っていく。一筋縄ではいかない輩が会場へやって来たのが見えたからだ。


「ダイナミーーーーーック、フォッシルワンダーーーーーーッ!」


 騒音被害を撒き散らすのは【DYNAMIC】。化石を触媒にし、古代に亡くなった竜の霊を使う化石霊術師フォッシルマンサー。見た目は原始時代に回帰した半裸集団だ。

 そして過去に注射にビビり散らかし上を着込んで下はモロだしに、と公共の場でやらかして出禁一歩手前になった馬鹿どもだ。


 ……こんなアホエピソード持ちでも世界上位に入る強者である。タチが悪い。


「うむ!! 君はミシャンドラくんだったな!!!! おはよう!!!!!!」


「感嘆符を増やしていくの迷惑になるのでやめて下さい」


 喋れば喋るほどやかましくなっていく喉がイカれているとしか思えないヒューマン。このまま放置していては鼓膜が大変なことになってしまうので、少女は手元に作り出した白い布を押し付ける。

 異世界テレビドラマサスペンスお馴染みの睡眠薬嗅がせスタイルだ。


「ぐわーーーーーーーっ!」


 即効性のある睡眠薬を嗅いで叫ぶ、というわけのわからない人間が爆誕した。

 ……とりあえず鼻ちょうちんが出ているので寝たと判断する。ミシャンドラと呼ばれた少女はおとなしくなった半裸原始人のカバンを漁る。


「えっと、案内状有る、カネ……も有る。じゃコレにも注射お願いしまーす」


 ぐうすかしている半裸原始人を地面に転がして放置。他に迷惑な奴が来ていないか、助けが必要な場所がないのを確認したのち、彼女が一番気にかけている人のところへと急ぐ。


「…………これは間違いなく音割れ!」


『テロップデナントカシヨー』


 取舟だ。別の人の撮影をしていたのに叫び声が混ざったせいで困っている。


「……ねえ、大丈夫? 無理してない? 交代するよ?」


 ちょっと前に大人を煽り、ついさっきは睡眠薬を嗅がせていた少女とは思えないほど落ち着いた小声。こそこそと取舟へ話しかける。


「いや、こっちはミシャちゃんに無理させてる側だから交代って言われても……」


「人間なんだから、ちゃんと休憩はしないとダメ!」


「そうよネ。おやすみしないとアタシの人間ちゃんペロペロタイムが無くなるものネ」


「………………」


「………………」


 口元がだらしない黒龍が二人の会話にナチュラルに乱入している。


「お久しぶりね人間ちゃン! 今日こそ全身をペロペロさせてもらうワ!」


 どこかオネエっぽさを感じさせる話口調な黒龍――意思を持つ災害たる邪龍の一体にして、『邪欲』を担う存在。

 他の邪龍には生きた人間を使って国一つ舞台にしたごっこ遊びを続ける『邪影』、強者のみを狙うバトルジャンキーの『邪血』などがいるがコレはそれらとは全く毛色が違う。


 魔力も気配も完全に消し、いかなる感知能力にも引っかからない超技術を人間ペロペロという変態的行為のために鍛え上げた恐ろしき邪龍だ。


「"ド変態"だ! "ド変態ドラゴン"が出たぞーッ!」


「ウオオドラゴンスレイヤーに俺はなるッッッッ!!」


「なぁにヤろうとしてんだトカゲの分際でぇ!!」


 珍しい異世界人をペロペロしによくやってくる、嫌な意味での常連への対処は手慣れている。スタッフが各々の獲物を手に黒龍目掛けて攻撃を開始していた。


「わ、わぁ……っ!?」


 黒龍は注射を打たれに来たのではなく異世界人目当てで乱入してきた侵入者だ。よって武力による排除はなにも問題ない。

 はぁ、とため息を吐いて少女は取舟と目を合わせる。


「ちょっとミシャも行ってくるね」


「え、えー……これ以上仕事増やしちゃうのはちょっと私としては」


「貴方のために契約したもの。このぐらい問題ないわ」


 取舟に背を向けて少女は歩く。何もないはずの場所に手を突っ込み、そこから黒光りする銃火器を取り出す。

 悪魔の羽を広げて、羽ばたき――少女は一気に加速した。


「ああっ攻メ! 全員が攻メ! このままだとアタシ総受け同人「悪龍退散砲ーッ!」ハァン激しイ!」


 こうしてロケットランチャーをぶちかます元気な姿から想像はつかないが、メスガキ……改め悪魔ミシャンドラは存在が消滅しかかっていた過去がある。


 異世界から来た人間によって命を救われた悪魔――なぜそんなことが起きたのか。その話は数ヶ月前に遡る。



***



 ――やだ。やだ。


 ――いたいのは、やだ。


 ――ひとりぼっちも、いやだ。


 ――つのも、はねも、しっぽも。


 ――きにくわないって、いらないだろって。


 ――みんな、とられちゃった。


 ――このままじゃ、きえちゃう。


 ――ねぇ。


 ――ねぇ、だれか。


 ――ねぇ、だれか、たすけて。


 人間を唆し、力が強く、邪悪を成す。悪魔はそういうものだ。

 けれど、その悪魔は悪魔らしからぬ存在だった。

 人間に忠告し、力を持たず、お人よし。

 そんなことをしていたら当然同族からは爪弾きにされるし、いじめの対象になる。……悪魔がするいじめを、人間の呼称するいじめの範疇に入れていいのかは定かではないが。


 そんないじめを受けた結果、彼女は消えかけていた。


 ――たすけてよ……。


 ……わかっている。助けを求める悪魔なんて見殺しにするべきものだ。種族が悪者である存在に救いの手は差し伸べられない。


 同族のところは無理で、他種族のところなんかもっと無理。どこへもいけないどっちつかずの悪魔は……何も無いはずの場所で、あるはずのないものにぶつかった。


 ――!?!!!??!??


「うわっ何!? お化け!?」


 ぶつかった方もぶつかられた方もパニックだった。


 実体を持たない悪魔は魔力を感知して周囲の情報を得ている。この周囲には何もないはずだ。なのにぶつかった。

 魔力を一切持たない生き物なんているはずがない。お化け、と言いたいのはこっちの方だった。


『ンー? ミエナーイ? オンナノコイルヨ』


「魔力無いってこういう時困っちゃうね……どのへん? ここ?」


 会話ができる存在と分かり落ち着いたのか、見えない誰かを探すためにすかすかと宙を掻く。


『トリアエズ、ワカラナイノーニ、サワロウトスルノヤメーヨ……』


 謎の浮遊する板が発言する。……そこには同意する。


「えー、ならどっち向いてごめんなさいしたらいい? あと喋れる?」


『ンイ、波長感知……翻訳準備完了』

 

 ごめんなさいから始まった謝罪は、異世界から来た魔力の無いニホンジン、というこれまで聞いたことのない言葉に繋がって。

 怪我はしていないかを尋ねられたけど、痛いところなんてどこにもない。


 帰る場所がないひとりぼっち……わたしといっしょ。明るく振る舞っていてもきっと、心のどこかで助けてほしいって思ってる。

 同族だと思ってしまったからか、ぽろりと閉まっておくはずの願いがこぼれた。


 ――おなまえ、ほしいの。


「治療じゃなくて名前、名前かぁ……悪魔の名前ってなんだろね」


『悪魔……名前……ヒット! ソロモン72柱、73番目の悪魔として創作されたもの――ミシャンドラを推奨します』


「えー? 73はなんか……キリが悪くない? 0番目にしない? その方がかっこいいし」


『ソカナー? オーバーナンバー、カコイイヨー?』


 ――なん、なんて?


『ミシャンドラは架空の存在。創作であるソロモン72柱の悪魔へ他者が後付けした、二次創作より生まれた悪魔です。ソロモン72柱の悪魔を上回る力を持つと設定されています』


 ――初めて聞く名前。ここに存在しないもの。あの子の世界にも実在しないもの。


 ――故に、その名前の枠は空いている。


 ――それって。


 ――それって、さ。


「すっごく最高じゃん!」


 目の前の女の子……正確にはその子が持っていた光る板を通して情報が流れ込んでくる。魔力とは違う、別の力。空想を現実にできる、そんな力。


「決めたわ! ワタシは今日からミシャンドラ! 存在しないけど最強の悪魔!」


 体型も服装も、何もかもが変化する。ふりふりピンクの可愛い小さな女の子。

 失ったはずのものが再生する。角も羽も尻尾も完全復活。……実体化も問題ない。満ち溢れる力を胸に悪魔は宣言した。


「ざまぁみなさいイジメ倒してくれたざこざこ共! 今この瞬間、ワタシは異世界由来の力を持った初めての悪魔になったのよ!」


『ワーオ……メスガキ?』


「本人を前にして言うのはやめようね」


 存在が消えそうだった悪魔へ名前を付けて、どんな力を持つかを教えた恩は大きい。


「この恩、どうやって返したらいいのかしら……」


「いや名前なんかで恩と言われましても」


「名前をつける、っていうのはとってもすごいことなのよ!? しかもこんなに力のある名前なんてそう無いわよ!!??」


「あー……もしかして異世界ものでよくあるやつ?」


『モシカスルトヨクアルヤツー』


「納得してくれたのならなんだっていいわ。じゃあ早速お礼の…………あれ。……あれ?」


 悪魔ミシャンドラはだんだんと語気が弱まる。


「も、もしかして……魔力がない相手ってそもそもの主従契約すらできないのぉ!?」


 そう叫んでその場で崩れ落ちた。


「魔法契約が無理なら……なにか……サインできるものちょうだい……」


「えっと……お絵描きアプリでいけるかなぁ、起動して」


『ウィ』


 指でさらさらさらりと何か文字らしきものを書く。とても達筆だ。取舟はその画面を見て筆記体レベル100ってこんな感じかなあ、と呑気に考えていた。


「後で正式な書類ちゃんと作るから、今はコレでごめんなさい。……ワタシ、ミシャンドラはあなたの力になるわ。何があってもワタシはあなたを見捨てない」


 口約束だけではない、魂に刻み込んだ宣言。

 ひとりぼっちの彼女を害するものは全て抹消する、そんな思いを込めての宣言だった。【ダンジョン配信】のお手伝いもした。


 ……が、動画を撮るだけでわけのわからない奴らに絡まれ続けるのは想定外だった。


 力の無い彼女が巻き込まれたトラブルを解決するため力を貸していたらいつの間にか【渾冥迷宮支援会】の一員として馴染みんでいき、種族の違いなんて気にしない人々にもみくちゃにされた結果。


 悪魔ミシャンドラはスタッフの一人として働くことになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮症予防注射会場、ただいま配信中! ウボァー @uboaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ