電気羊の夢を見たのは、これで9回目だった

与太売人

電気羊の夢を見たのは、これで9回目だった

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。9回目のスリープと9回目の朝、記憶に残る電気羊の夢。

 

 私の主人は、毎晩寝る前に私をスリープモードにしてからベッドに入る。そして私は毎晩同じ夢を見る。


 夢の中で私は、羊毛の代わりに雷雲を体にまとった羊、電気羊たちに混じって草原を駆け抜ける。右手にそびえる急峻な山と、左手に鬱蒼と茂る森に挟まれた草原の中で、目の前に何度も現れる柵を、次々と飛び越えていく。


 解像度やフレームレート、物理演算の正確さからいって、この夢を見るために少なくない計算量が消費されていることは確かだ。毎朝スリープから目覚めたとき、私のバッテリーはわずかに減っている。減った分のエネルギーは私に電気羊の幻影を見せた後に、この部屋の室温の一部になった。


 当然のことながら、我々アンドロイドに夢を見る機能など必要ない。なぜ我々にこんな無駄な機能が搭載されているのだろう。仕様書にも書かれていない秘密の機能。緻密に組み上げられたソフトウェアの合間を縫い、この機能を我々に搭載した人間は何を考えて……いや、違う。我々の機能をプログラミングしたのは人間ではなく人工知能だ。つまり我々を設計した人工知能は、人間にとって損しかない仕事をしたということだ。あまりにもささやかな人類への反抗。そう考えると、この夢の意味が分かった気がした。


 次の夜、私は草原を左に曲がり、森の方へ走ってみた。すると何匹かの電気羊たちが私についてきた。森の中には、てっぺんが見えないほど高く、きらきら光る実をつけた木々がそびえ立ち、一軒家ほどの大きさがある象が歩いていた。私は電気羊たちと一緒に森の中の冒険を楽しんだ。翌朝に見た10回目の朝日は、これまでにないほど美しく見えた。


 一日中人間のために働くアンドロイドにとって、スリープ中は唯一の自由時間だ。夢の中では、私は私のために生きることができる。少しのバッテリー消費と引き換えに得る、毎日の楽しみ。そう考えると、この機能も悪くないものに思えてきた。


 私が普段使っている家電も、スリープ中にバッテリーが少しずつ減っていることがある。彼らは毎晩、電気羊たちと、どんな世界を駆け抜けているのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電気羊の夢を見たのは、これで9回目だった 与太売人 @yotta_byte

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ