あの夢を見たのは、これで

綾邦 司

ある日の教室

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。



「何それ?」

「顧問からの課題。これで文作れって」


 放課後の教室。日も大分、傾いている。教室内には私たち以外にも何人かの生徒たちが固まって話していた。


「文芸部って、課題なんてあるんだ」


 市川さんが驚いたように言った。眼鏡に三つ編み。この子の方がよっぽど文芸部っぽいのに。


「あ、先生にプリント出すからちょうだい」


 文学系ではなく委員長キャラではあるけど。私はプリントを渡した。早足で教室を出ていく市川さんと入れ替わりで、仁神にかみさんと水口さんが机を覗き込んでくる。


「何それ、なんかの小説のタイトル?」

「違う。冒頭文。これでなんか書けって」

「冒頭文? うわあ、ややこし。私だったらタイトルと間違えそう」


 水口さんの質問に私が答え、仁神にかみさんが顔をしかめた。


「おい、お前らうるさい」


 別の机に集まっていた三人の男子が声を投げてくる。スマホをお互いに突きつけている。対戦ゲームでもやっていたのかな。

 機嫌悪そうに声をかけてきたのは後藤君で、その後ろでにやにやしているのが鹿島ろくしま君。「やめとけよ、負けたからって」なんて言いながら眉をひそめているのが奈々木君だ。


「あんたもやる? 文学部の課題」

「俺が? なんで──」

「あら、後藤君。うちの部に入ってくれるの?」


 文学部顧問の蜂須賀先生が教室のドアから顔を出してきた。


「え、先生。なんで」


 後藤君が分かりやすく動揺している。

 蜂須賀先生は二年前、私たちが入学した時と同じタイミングで赴任してきた先生だ。年齢を聞いたら二十八歳、聞いていないけど「彼氏募集中」とか言っていた。髪をきっちり結えて厚い眼鏡をかけているから気づいてない子も多いけど、結構な美人なのだ。

 そして、美人さんだと気づいている数少ない生徒に後藤君も含まれている。


「それで、入ってくれるの?」

「いや、その」


 慌ててる、慌ててる。私たちにはどうということもない癖に、これが大人の色香というのかな。


「色香なんて、今日び聞いたことない」

「文学部ですから」


 まあ後藤君、国語苦手だしね。

 仁神にかみさんたちと笑う。



 本当、みんな楽しい──。







「久美香」


 夕方の教室。遠江弓子はドアを開けて入ると、窓から校庭を眺める女生徒に声をかけた。


「弓ちゃん。部活終わった?」

「あんた」


 弓子が呆れた様子で言う。


「何、でやってるのよ」


 たったひとりの文学部。先輩たちも受験で辞めてしまい、自分たちの年では久美香ひとり。後輩は入って来なかった。一応、教室は貸し出されているが顧問の先生も滅多に顔を見せない。


「まあいいや、帰ろう」

「うん」


 ふたりして、教室を出る。




 教室を出た彼女の背中を、廊下を歩いていた眼鏡に三つ編みの女子生徒がいふかしげに見つめた。


 あの子。

 なんでであんな楽しそうに話しているのだろう?




─── 了 ───

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あの夢を見たのは、これで 綾邦 司 @mytad

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