いつかのホワイトデー
藤泉都理
いつかのホワイトデー
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
あれから190年は経っている。
夢を見る回数としては少ないだろう。
私が彼に市販のバレンタインチョコを手渡して、彼はひどく驚いた顔をして、次に神妙な顔をして、返事は待ってくれと言った。ホワイトデーには絶対に返事をするからと言った。
夢は迎える事がなかったホワイトデー当日。
私が彼に振られる夢だ。
やっぱり友達としてしか見られないと、これからも友達としてよろしくと言われる夢。
私は友達としてよろしくと微笑み返すのだ。
「やっぱり、あなたはあの夢の中のように私を振るのかしら?」
専用の機械の中でコールドスリープしている彼を見下ろす。
ホワイトデーを迎える前に、彼はこの専用の機械の中でコールドスリープされた。
彼の中に未知の病が見つかったので、流行を防ぐ為に、彼自身の命を守る為に、未知の病が治療できるその日まで、彼は長い眠りに就いたのである。
私は彼が目覚める事ができるその日まで生きていようと決めた。
彼と一緒にコールドスリープする道は選ばなかった。
その日その日を生きて、彼に伝えたかった。
だから脳以外の肉体を、私自身の細胞を最新の技術で若返らせながら命を永らえ続けた。
けれどもう、脳が限界らしい。
脳も若返らせる必要があると言われた。
脳を若返らせたら、私は私でなくなる。
ネット上に保管しているこれまでの記憶をダウンロードすれば、元通りの私だと先生に言われたが、果たして本当にそうなのか。
「私は、」
バレンタインデーに会った時と変わらず少年のままの彼。
私もそうだ。バレンタインデーの時と変わらず少女のままだった。
やはり私もコールドスリープをしたらよかったのか。
過った疑問に、やおら否を渡す。
想いが通じ合っているならいざ知らず、あの夢のように振られる可能性もあるのだ。
振られても大丈夫なようにしたかった。彼の居ない日々を生きていく中で心を丈夫にしたかったのも、コールドスリープを拒んだ理由の一つでもある。
望まれた時に、友達で居られるようにしたかった。
意地も入っている。
「今日はあなたが居ないホワイトデー190回目だけど。まだ治療方法は見つかってない、か」
もう少し、もう少しで治療方法が見つかるんだと言い続ける先生に、脳の再生は尋ねられた私はお願いしますと頭を下げた。
私は十回目のあの夢を迎える事はなかった。
(2025.3.14)
いつかのホワイトデー 藤泉都理 @fujitori
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