海辺を歩く

橘 永佳

Cat had nine lives

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 足が僅かに沈む感覚のある、きめの細かい白い砂浜。

 すぐ近くを白く泡立つ波が穏やかにさらっていく。

 同じ白でも、波の方が白く見える。白色も種類があるというのは本当らしい。

 その波に沿うように、足を置いていく。

 右、左、右、左……。

 

 広がる海は、まだ黒い顔色。

 夜目の利く私には鮮明に見えるが、実はまだかなり暗いのだ。もう水平線上には日が昇る気配もあるので、間もなく見通しは明るくなるだろうが。


 それにしても、何故みんな刺したがるのだろうか。


 結局、夢の中で刃物で刺されるのが6回。

 突き落とされるのは2回、毒を盛られるのは1回と、計画的な犯行の方がずっと少ない。死という結果よりも、殺害という行動が重視されているらしい。


 随分と惚けた物思いだが、夢の中とはいえ9回も殺されれば、冷静な分析もできようというものだ。

 もっとも、私の場合は現実でもあるのだけれど。


 この方法を教えてくれた、細身でやや病的な印象の、黒スーツの男。

 モクセイの木は月の桂、月は月読命つくよみのみこと、夜と死を司る神。

 胡蝶の形にモクセイの枝を切り抜いて、胡蝶の夢のいわれで曖昧にする。

 夢と現を。生と死を。彼と我を。

 その境界線を。


 彼に向かう殺意を、殺害行為を、夢の中に置き換えて、彼を私に置き換えて、代わりに受けるお呪い。


 普通は成立しない。

 けれど、私の家系なら、私なら可能。

 時折、命を9つ持つ者が、神秘ねこの欠片を抱く者が生まれる家系ならば。


 そう、私のように。


 それでも、身代わりができるのは、私の持つ命の限りだけ。

 そしてさっきの夢で9回目なのだ。


 黒スーツの男は「1つ分の価値もねえダメ男のために?」と心底呆れた様子だったが、まあ、情というものもあるわけで。

 それに、根は悪人でもないし? むやみに優しく優柔不断で責任から逃げる甘えん坊なヘタレなだけで。


 思い返すと、笑えてしまった。

 確かに十分ダメ人間じゃないか。


 足元を浚う波が眩くなってきた。

 水平線の向こうが金色に染まり始める。


 もうかばってあげられないけれど、さすがにもういいかな。

 

 海面が星を敷き詰めたように煌めく。

 私の姿が朝日に溶ける。

 

 笑う私の口から、最後に、一言零れ落ちた。


「ざまあみろ、ばーか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海辺を歩く 橘 永佳 @yohjp88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ