ゔぁんぴーる!

ななみん。

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 ううん、正しくは現実なのだけど……今でも夢だと思いたい。

 どうやらあたしは死んでしまい、同じポイントをぐるぐると。

 それはもうぐるぐると――。


 さまよっていたけど、まただめだった。

 そうして降り立ったスタート地点は見慣れた10度目の放課後の教室。

 たしかこれが最後のチャンスって言ってた気がするし冷静にいこう。

 あたしは大きく息を吐いて、これまでの出来事を思い返すことにした。


「じゃあいってきます!」


 家を出る小柄な中学生西宮朱莉にしみやあかり。あ、これはあたし。


「車と変な人には気を付けてね」


 そういって手を振る智花おねえちゃんは憧れの大学生。

 基本クールだけど時々抜けてるとこがすごくいい。

 気持ち悪がられたくないから、はっきりと態度に出したことはないけど大好き。


「わかってるわかってるー」

「今日は朱莉の大好きな唐揚げだからね。早く帰ってくるんだよ?」


 世界で一番の好物に思わず頬がゆるむ。

 さておき学校までは歩いて15分くらいの距離。さすがに雨の日は送ってもらうことが多いけど、だいたいは徒歩での通学だ。


 そしていつもどおり授業を受けたり友達と喋ったりして時間が過ぎていく。

 帰り道の交差点で友達と別れたあと、あたしは突然事故に巻き込まれてしまう。


「おやおや。お嬢さんはわしが見えるのかね?」


 呆然と立ち尽くしていると後ろから声が聞こえてきた。

 振り返るとお爺さんは地面からぷかぷかと浮かんでいる。


「どうやってるのそれっ……⁉」

「お嬢さん。いやお主は、今なにが起こっているのか知りたくないかね?」

「え。まあ、うん」


 お爺さんが言うには、あたしは信号無視の車に撥ねられて即死したらしい。

 そして今は魂が体から抜け落ちた状態なのだとか。

 うんうん、なるほどね。完全に理解した。


「そういうドッキリは初めてかなー。で、カメラどこ?」

「あれを見るがよい」


 お爺さんの指差した方向を見ると誰かが倒れている。しかも血まみれで。

 茶色のツインテール、制服姿の女の子。側に散乱している鞄の中身らしきものの中には、あたしが大事にしているお姉ちゃんとの写真があったんだよ!


「も、もしかして、あれってあたし?」

「じゃからそういうておる」

「うう、嘘でしょー?」


 ショックを受けてうずくまっているとお爺さんが気になることをつぶやいた。


「この状況をどうにかできないわけではない。もっとも、困難な道のりになるとは思うがの」

「もしかして生き返ったりできる⁉」

「うまくことが運べばの」

「やります! お願いします!」

「これもなにかの縁。お主には時をさかのぼることのできる力を授けよう。ただし、やり直しがきくのは10回まで。くれぐれも――」

「あれ?」


 いつのまにかお爺さんはいなくなっていた。

 それからあたしは事故自体は回避できたものの、刺されたり首を絞められたり心臓マヒになったりと別の要因で死にまくった。

 まるで正解のわからないループに心が折れそうになるけど、お姉ちゃんにまた会えるのならなんてことはない。


 そうして始まる10回目の挑戦。


「じゃあねあっかりーん!」


 友達と手を振って別れる。ここでついて行くと工事現場の鉄筋が落ちてきて直撃する。

 次のポイントはお肉屋さん。コロッケを買い食いすると喉に詰まって窒息。ゲームセンターに入ると感電死が待っている。

 ちなみにこの商店街から外れた道を選ぶと、犬に追いかけられ逃げる途中橋から落ちてしまう。


 だからここはいつもの道を行くのが安全。

 自分の死を越えていくなんて不思議な感覚だけど、気持ちのいいものじゃない。できれば夢であって欲しかったな。


 そうしているうちに家が近くなってきた。

 ここからは未知のゾーンだし気をつけて進んでいかなくちゃ。


「朱莉!」


 突然あたしを呼ぶ声が聞こえた。

 身構えて周囲を何度も確認していると、誰かが近づいてきていた。


「あなたはお、お、おねえちゃん……ですか?」

「朱莉、なんだか様子がおかしいよ。怖いことでもあった?」


 心配そうな表情にひどく懐かしさを覚える。

 安心したあたしはたまらず泣き出していた。


「あたし、1人ですっごくがんばった。がんばったよぉ……」

「そっか偉いね。じゃあお家に帰ってご飯にしよっか」


 おねえちゃんはあたしの頭を優しくなでてくれた。

 ここから家はすぐの距離。本当に長かった。

 きっとこれが正解のルートなんだとあたしは確信。


 ――していたのに、こんなのってないよ。


 突然大きなクラクションの音が鳴り響き、こっちに向かってくる。

 ああ、やっぱりあの車だ!

 人助けなんて柄じゃないけど、その相手がおねえちゃんなら別。

 あたしは驚いて動けないおねえちゃんの手を取り、思いきり歩道側へと突き飛ばした。


「そこから動かないでね!」

「朱莉!?」


 おねえちゃんだけは絶対に巻き込みたくない。

 直後、あたしの体には強い衝撃が走った。


「だめだよ。私まだ朱莉に伝えてないことがあるんだよ。ねえ――」


 それからどのくらい経ったんだろう。何粒かの涙が横たわるあたしの頬に落ちた。

 膝枕は嬉しいけど今は素直に喜べないや。

 おねえちゃんの温かさに包まれながら意識は遠のいていく。

 こんなことならやり直さなければよかったな。

 結局あたしにとっても、おねえちゃんにとっても悲しい別れになってしまった。


 初めて死んだ時のように立ちつくしていると、あのお爺さんがいつの間にか隣にいた。


「あ、おじいちゃん! あの、あたしどうなっちゃうの……でしょうか?」

「お主の身体から、時をさかのぼる能力が消えてしまったからの。気の毒ではあるがもう」

「そうなんだ」


 きっとこのまま成仏でもするんだろう。

 あたしは空を見上げため息をついた。


「むむ? これはこれは」

「え?」

「よく聞くのじゃ。たっての強い希望により、お主の望みが叶う可能性がここに生まれた」

「それほんと!?」

「じゃが、これには大きな代償がつきまとう。そのうえすべてが元に戻るわけではない。それでもやろうと言うのか?」

「いいよ、なんだって。だからお願い」


 また会えるならそれだけで十分だ。

 散々出尽くしたと思ってた、温かいものが溢れて頬をつたう。


「心得た。して、これから言うことはしっかり守るのじゃぞ――」


 そうしてあたしの意識は深いところまで沈んでいく。


 次に気がついた時には、あたしは最後に死んだ場所に立っていた。

 周りは真っ暗で今は真夜中みたいだ。

 あちこち触ってみたけど体におかしなところはない。

 てっきり、人じゃなくなってるものかと思ってたけどよかった。


 はやる気持ちを抑えきれなくて、あたしは静かに家の扉を開いた。

 そっと、そーっと音を立てないようにおねえちゃんの部屋に忍び込む。

 よかった。すやすやと寝ているみたい。

 なのに寝顔を見ていると、なんだかおかしい。

 あたしの知らない感覚がぐるぐると体中をめぐっていく。


「……朱莉?」


 目を覚ましたおねえちゃんがぼんやりとあたしを見ていた。


「うん。朱莉だよ」

「お願い、もう覚めないで。何度も私を置いていかないで!」

「大丈夫、これは夢なんかじゃないよ。おねえちゃんが心配で帰ってきたんだからね」

「ほ、本当に本当……?」

「その前に、ちょっとだけごめんね」

「え?」


 

 衝動を抑えきれずにおねえちゃんの首元にそっと八重歯を突き立てる。耳元に吐息まじりの声が漏れた。


「だめだよこんなこと。ねえ、ちょっと聞いてる?」


 ああ、なんて美味しいんだろう。

 じわじわとあたしの心と体は満たされていく。

 それは甘い、甘い血の味がした。

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