第3話
いつの間にか体は丸まり、手足がガタガタと震える。
寒い! 寒い! 寒い!
そりゃ寒くするためにやったことだけど、だからって平気かって言われたら、そんなことない。
めちゃめちゃ寒くて、めちゃめちゃ大変!
「って言うかこれって、下手すりゃ死ぬんじゃないの!?」
ここでわたしは、ようやくある可能性に思い当たった。凍死である。
雪山で遭難した人がなる、アレだ。
「どうしよう。スキー教室は嫌だけど、さすがに死ぬのはもっと嫌かも」
もしこのまま死んじゃったら、明日お母さんが起こしに来て、服を着てないまま床で倒れてるわたしを発見ってことになるわけか。
そんな姿で死ぬのは、いくらなんでも嫌すぎる。
『真冬の怪異。女子中学生が服を脱いで自宅で凍死!?』なんて感じでニュースになったらどうしよう。
さらに、もしもそれが友沢くんに知られたら、スキーの失態以上に恥ずかしいかも。
あっ。でも、雪山で凍死した人が裸や下着姿で見つかることってあるんだって。矛盾脱衣って言うの。
あまりに寒いと正気を失って脳が暑い錯覚して、暑さから逃れようと服を脱ぐ。みたいな理由だったかな。
だからわたしが凍死しても、服を着てないことに辻褄は合いそう。
まあ、実際は正気を失って服を脱いだわけじゃないんだけど。
いや、自分から風邪をひこうとこんなことしている時点で、既に正気は失われているのかも。
って言うか、矛盾脱衣って実は嘘じゃない? こんなに寒い思いをしてる今、メチャメチャ服を着たいんだけど!
「ハークション!」
寒さはさらに増していって、ひときわ大きなクシャミをする。
この調子でいくと、望み通り風邪をひくことはできそうだ。だけど、やりすぎて死んじゃう可能性も出てきた。
どうしよう。死ぬリスクを負ってまで、この『寒くて風邪をひこう大作戦!』を続けるかどうか。
さすがに死ぬのは嫌だな。けどやっぱり、スキー教室はサボりたい。風邪はひくけど、死にはしない。そんな絶妙なラインの寒さにできればいいんだけど。
とりあえず、全開にしていた窓はちょっとだけ閉めて、入ってくるのはすきま風くらいになった。
それでも、まだ寒さの方が上かも。このままだと、ギリ凍死しそうな気もする。
それじゃあ、服はちゃんと着ておく? けどやりすぎると今度は風邪をひかずに終わるかもしれないし、バランスが難しい。
どうすればいい? どうすればいい?
悩みに悩んで、それでも答えは出ず、途方に暮れる。その時だった。
部屋の扉がほんの少しだけ開いて、何かが入ってくる。
きなこもちだ。
「きなこもち、どうしたの? ここは寒いから、出ていった方がいいよ」
わたしには風邪をひくって目的があるけど、きなこもちまでそれに付き合う必要はない。
きなこもちだって寒いのは嫌だろうし、早く暖かいところに行きなよ。
そう思ったんだけど……
「ニャン」
きなこもちは、わたしにベッタリとくっついて離れようとしなかった。
猫の体温は、人間より高い。フカフカの毛がついているのもあって、まるでカイロみたいに暖かかった。
「きなこもち。もしかして、わたしを暖めようとしてくれてるの?」
「ニャーン」
「ありがとう」
暖かいきなこもちの体を抱きしめながら、わたしは思った。
風邪をひいて、だけど凍死はしない。そんなギリギリのラインはどこかと探していたけど、きっとこれが正解なんだ。きなこもちは、それを教えるためにこうしてやってきたんだ。
ニャとかニャーとかしか言えなくて、言葉の通じないきなこもちだけど、長年一緒にいる相棒。言いたくことや考えてることは、なんとなくわかるんだ。
ありがとう、きなこもち。おかげで、明日はちょうどいい感じに風邪をひけそうだよ。
そうしてわたしは、きなこもちと一緒に眠りについていった。
そしてその夜、夢を見た。
これまで9回も見たのと同じく、スキー教室の夢。
ただし、今度は雪玉になってゴロンゴロン転がるような悪夢じゃない。
みんながスキー教室をやる中、わたしは風邪をひいておやすみ。ぬくぬくとした部屋の中で、ゴロゴロしながら休むっていう、最高の夢だった。
〜翌日〜
「体温、36.9度! 全然風邪ひいてないじゃなーい!」
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