羽化

タカハシU太

羽化

 その晩、背中に激痛が走り、目が覚めた。鏡で確認しようとしたがうまく見れなかったので、スマホで自撮りしてみた。両方の肩甲骨あたりが赤く腫れていた。

 病院に行くべきか迷ったが、怖さのほうが勝って、様子を見ることにした。

 翌日の晩はさらに痛みが増し、うめき声をあげてしまった。階下の母親が心配して戸の向こうまで来て声をかけてきた。

「トモくん、大丈夫?」

「何でもない!」

「本当に大丈夫?」

「何でもないって言ってるだろ!」

 俺は平静をよそおって、ドア越しにしつこい母親を追い返した。

 こんな姿は誰にも見せられない。背中から羽が生えていたからだ。大きく半透明で表面はきらきらと輝いている。芸術品のようだった。

 羽根が生えてきてから痛みはすっぱりとなくなった。むしろ体が軽く感じられるほどだった。感じるじゃない。実際に俺は宙に浮いていた。背中に力を込めると羽根がはばたくのだ。ためしに真夜中に外で飛んで見ることにも成功した。

 さらに不思議な力を備えていた。超能力というか魔法というか。軽々と車を持ち上げるほどの怪力、姿を消したり、他人の姿に化けたり、指先から光線を放ったり、呪文で相手を意のままにしたり。

 かくして、俺は妖精になった。かの都市伝説は本当だったのだ。

 女性経験のないまま三十歳を迎えると魔法使いになる。けれども俺はなれなかった。四十歳を迎えると、これは諸説ある。妖精だとか賢者だとか、さらに歳を重ねると仙人や神になれるらしい。

 俺が妖精になれたのは、無職だったからだ。子供部屋の自宅警備員でも、世間一般の働かないおじさんの属性に当てはまるのだった。

 無敵の力を手に入れ、俺は有頂天だった。やりたい放題、欲しいもの手に入れたい放題である。これでますます働かなくてもいいのだ。

 しかし、俺の妖精ライフはあっけなく終焉を迎えた。何でも意のままになるため、欲望を抑えきれず、女性に手を出したのだ。正確には催眠をかけ、俺とエッチをするように仕向けたのだ。

 人生初の交わり。世の中にこんな気持ちのいいものがあったのか。感慨にふけるうちに、俺の力がすべて失われていることに気づいた。もう羽根も生えなくなってしまった。また元のただのおじさんである。

 けれども一つだけ変化したことがあった。あの交わりをもう一度。そのためにはお金が必要だ。今、俺は働くおじさんになっている。


                 (了)

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羽化 タカハシU太 @toiletman10

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