作戦会議
第八特別区第三学園のとある教室。
教師が教壇に立ち、黒板に向かい、制服姿の生徒たちは机に向かっていた。
その一角、机に突っ伏すようにしてホロパネルを操作しているのが、世羅悠希だ。
『多湖くんが登校して来たわね、加えてギャングたちに動きがあるわ』
送信者は彼の目のまえで授業を進めている、担任教師である氷室ソフィアだ。
授業中でありながら、ふたりは密かに通信を交わしていた。
機械化した両眼を介して“直接”に端末へのアクセスが可能であり、それが彼女の
『器用なものだな』
世羅はホロパネルを操作して返事を送る。
同時に視線も投げかけたが、彼女は
あくまで授業に"集中しながら”も、彼とのやりとりを続けている。
『あら? 褒めてくれるの?』
『私とやりとりしながら、教壇でおしゃべり、加えて“覗き”だからな。たいしたものだ』
彼女の
思考や行動の制御をCPUに移譲することができる。つまり、真の意味での“並列作業”が可能なのだ。
『そうね……マスターさまのご機嫌を伺いつつ、生徒に授業を行って、他校の不良の監視をしているの。感謝してほしいわよ』
『善処する』
だからこそ、世羅と皮肉まじりのやりとりを交わしながらも、ソフィアは普段と遜色ない授業を続けられる。
さらには、街中の防犯カメラや監視ドローンのハッキング――それらを活用したギャングの監視までも、同時にこなしていた。
『それで、多湖のアホはひとまず置いておくが、ギャングたちの動きとは?』
世羅の問いに、ソフィアが応じた。
『いくつかの少人数のグループが、周辺を
『ほう』
世羅は短く応じ、ソフィアの報告が続く。
『それと、ギャングの本拠、第八学園では相当数の生徒が運動場に集まっているわね』
『こんな時期に運動会か?』
変異島では四季という感覚が薄れつつあるが、それでも外は肌寒い時期だった。
『凶器を持参して?』
世羅の冗談に、ソフィアがあっさりと乗る。
『偏差値に見合ってるじゃあないか』
世羅は皮肉を込めて返し、くくくと喉を鳴らした。
その声に、教室内の空気がわずかに揺れる。
隣席の生徒がちらりと視線を向けたが、それきり何事もなかったかのようにノートへ視線を戻した。
世羅自身は、特に隠す素振りもなく、ホロパネルを操作し続けている。
本来なら、授業中にこんな態度を取れば教師から注意を受けてもおかしくはない。
だが、担任教師であるソフィアは、何も言わない。むしろ気づかぬふりを決め込み、視線ひとつ寄越すこともなく、いつも通り淡々と授業を進めていた。
その裏で世羅との“密談”を続けている。
『もう……へんな声出さないで。教師を困らせないでよ』
ソフィアの抗議の一文が届くが、世羅はそのまま軽く無視した。
『それで? “先生”はどう考えているんだ?』
世羅の問いかけに、ソフィアがやや間を置いて返す。
『そうね……こっちの準備も万端とは言えないから、もうすこし後にしてほしかったのだけれど――』
普段の彼女であれば、敵の情報を徹底的に洗ってから対策を立てる。
彼女の“仕事”において、失敗は許されない。運には頼らず、勝つべくして勝ち、負ける戦いはしない。それが、氷室ソフィアという女だった。
しかし、今回は時間が足りず、手順を飛ばして即応態勢に入っていた。
ソフィアにとっても、それは不本意な進行だった。
『十中八九、仕掛けてくるでしょうね』
『タイミングは?』
世羅が問う。
『この学園内にいる間は、仕掛けてくることはないと思っているけれど』
『なぜだ?』
『第三学園はMONOLITHの管理内だからよ。無闇に暴れて“誰か”みたいに罰金を背負いたくはないでしょう?』
ソフィアの文面には、わかりやすい皮肉が
『ふむ。あいつらに、そこまでの頭があればいいがな』
世羅もすかさず応じる。文の端に、やはり同じように皮肉を込めて。
『まぁ……学園内で仕掛けてくれたほうが、むしろ楽なんだけれどね』
学園には、学園ごとの秩序がある。
ギャングの巣窟である第八学園は無法地帯だが、ここ第三学園は違う。
生徒会による自治が機能しており、校内での
たった四人で百人を相手にするよりは、ずっとマシだ。
『放課後に学園外で仕掛けてくる……か?』
世羅の入力に、即座に返信が届く。
『あなたがひとりになったのを見計らって……ね。それが、
『そうだな。私でもそうする』
『私に対して“実践済”だものね?』
ソフィアの文面は、どこか
『おまえだけじゃない、他のふたりにもそうした』
『知っているわよ。ひどい男よね?』
『それが“セオリー”だろ?』
一拍の沈黙のあと、ソフィアから返信が届く。
『実際に“現場”を確認していて欲しかったのだけれど、その時間はないから仕方ないわね。他のふたりにも繋ぎます。作戦会議よ』
ソフィアは“現場”での準備をすでに整えている。けれど実地での共有は叶わなかった。
ギャングたちの動きの早さが、わずかに予想を上回ったのだ。
だが、その思考は寸分の揺らぎもなく、次のタスク処理へと移っていった。
『作戦会議? 授業中なのにか? 対した“先生”だな』
『いまさら……教科書を眺めていても
『同感だ。頼りになる“女”だ。くくく』
『何それ? 笑い声を文章で打つ必要あるのかしら? ほんと“男の子”って意味不明ね』
ソフィアは変わらず、淡々と授業を進め続けていた。
視線も黒板に向けたまま、R.I.N.G経由で月乃とヤミ子にもチャンネル招待を送信。あらかじめ立てていた作戦案を共有する。
その間も、街中の防犯カメラ、上空の監視ドローン――すべての情報が彼女の認知下にあった。
氷室ソフィアは、今日も変わらず、仕事のできる“女”だった。
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