チクリ野郎

「ていうか、マジで意味わからねーな?」


 第八学園の制服を着た一団が、ぞろぞろと歩いていた。

 時間は正午過ぎ。登校するには遅すぎる時間帯だ。

 そもそも、向かっている先は第八学園ではない。

 そのなかに、ひとりだけ第三学園の制服を着た男がいた。

 名は多湖弘樹。彼に案内されて向かっているのは、第三学園だ。


「わからねーって、何がよ?」


 肩を怒らせ、周囲に人がいればにらみを利かせながら、少年たちは歩いていた。


「ボスに決まってんだろ? なんつったっけ、亡霊? そいつを見張れって言ってたくせによ」

「……ああ、確かにな。決闘デュエルまえに情報集めるとか言ってたの、自分のくせによ? 余計なことすんなって、何様だよな」


 会話を交わすふたりの男は、名もなき構成員。

 ギャングクラン“アイアンメイデン”の、ただのメンバーにすぎない。

 変異島において、クランマスターは絶対だ。

 だが、裏の評価は、日ごろの振る舞いで決まる。

 それは、“外界そと”でも“変異島なか”でも、変わらない。

 そういう意味では、ボスと呼ばれる“アイアンメイデン”のマスターに対する評価は、良好とは言えなかった。


「言えてる」

「アイツの命令で見張りに行ったのによ? ボコすって意味わからねーよな? 俺、行かなくてよかったわ」


 昨晩、世羅を尾行していたのは、アイアンメイデンのメンバー数名だった。

 目的はあくまで“尾行”と“見張り”。

 世羅のクラン規模を割り出し、決闘デュエルに向けた戦力分析を行うこと。

 それが任務だったはずだのだが、現場では“トラブル”が起きた。

 接触は禁止されていたにもかかわらず、世羅との接点が生じたのだ。

 しかし、彼らはサボっていたわけではない。

 命令通り“手を出さずに”行動していた。

 それにも関わらず、どこからか伝わった“ちょっとしたトラブル”に対してボスは容赦しなかった。


 言い訳は「ぐちぐち何を言ってるのか分からない」と一蹴され、

 女の胴ほどもある腕で殴られ、校舎二階から放り投げられた。

 結果、彼らは病院送りとなり、決闘デュエルへの参加は不可能となった。

 ボス本人は「戦うまえに戦力の把握が最優先」などと口にしていた。

 決闘デュエルに向けた情報収集は、ボスなりの“戦略”のつもりらしい。

 その舌の根も乾かぬうちに、肝心の戦力を自分の手で潰すという支離滅裂。

 だが、それでも誰も逆らえないのが、“アイアンメイデン”の現状だった。


「おい、あんまりボスのこと悪くいうなよ?」


 列の先頭を歩いていた多湖が、眉をひそめて言った。


「あ? なに、多湖? ボスに取り入ろうとしてんの?」


 ギャングのひとりが、地面に唾を吐き捨てながら言い返す。


「ちげーよ。ボスの悪口言ってたなんて知られてみろ? おまえだけじゃねー、俺も巻き添え食らう」


 多湖は苛立ったように言い返す。

 だが、他のメンバーの反応は冷ややかだった。


「あっ? どうやってボスに伝わるんだよ? おまえがチクるのか?」


 別の男が多湖をジロリとにらみながら言った。


「あいつらのことをチクったのも、おまえかぁ?」


 横から口を挟んだのは、さらに別のメンバー。

 “あいつら”とは、昨晩世羅を尾行していたギャングたちのことだ。


「ばっ! しらねーよ! 俺は昨日、家に居たっつーの!」


 多湖は慌てて否定する。


「だったら何でボスにバレたわけ?」

「だから、知らねーって!」


 言い合いはさらに熱を帯びる。

 アイアンメイデンのメンバーは、ほぼ全員が第八学園の生徒で構成されている。

 ただし、多湖だけは例外だった。彼だけが第三学園に所属している。

 それゆえに、クラン内での人望は決して高くはなかった。


 変異島におけるクラン法は、極めて単純だ。

 明確に定められているのは、“クランマスター”と“そのメンバー”という二つの区分だけ。

 それ以外の役職や肩書き、たとえば“副官”や“参謀”などは、法的には存在しない。

 だが現実には、マスターの指示を代行する“サブリーダー”のような立場を設けるクランもおおい。

 その人数はクランの規模によって変動するが、基本的にはひとり。

 中規模以上の組織では複数体制を採ることもある。


 アイアンメイデンにおいては、多湖がそのサブリーダーを務めていた。

 とはいえ、その任に就いた理由は栄誉でも信頼でもない。

 前任者がボスの癇癪かんしゃくに触れて病院送りとなったため、“とりあえず”据えられた代理に過ぎなかった。

 肩書き上はNo.2。しかし、その実態は、ボスの小間使い。

 接する時間が長いぶん、最も怒りを買いやすいという“損な役回り”だった。

 だが、他のメンバーとは違い、多少なりとも頭が回る多湖は、そのことを理解していた。

 だからこそ、うまく立ち回ろうとしている。自分ならやれる、そう思っている節もある。

 しかし、これまでその役に就いた者たちも、皆、同じように考えていたのだ。

 多少は頭が回るからこそ選ばれ、そして潰された。

 多湖はそのことを知らない。まだ、自分だけは違うと信じている。


 やがて一行は、第三学園近くのちいさな公園へと到着する。

 このあたりは学生の通学路からもすこし外れており、時間帯によっては人影もまばらだ。

 多湖は立ち止まり、同行していたクランの構成員たち数名と視線を交わす。

 ここで彼は別れる予定だった。

 彼自身はこれから、ひとりで学園のなかへとはいる。


「いいか? 世羅……いや、“亡霊”が下校しはじめたら連絡を入れる。おまえたちはうまくやれよ?」


 多湖は広場の中央で立ち止まり、周囲を見渡しながらぶっきらぼうに指示を出した。

 だが、それを聞いた構成員たちの反応は、どこか冷めていた。


「チクり野郎がいなけりゃ余裕だけどな?」

「だから、俺はしらねーって!」


 言い返す声には、焦りと苛立ちが混じっていた。


「おめーは手伝わねーのかよ?」


 ひとりが鼻で笑いながら問いかける。


「俺はほかにやることがある。……ボスの話、聞いてなかったのかよ?」


 多湖は舌打ち混じりに返しながら、苛立たしげに視線を逸らす。


「あっ?」


 もうひとりが怪訝けげんそうに眉をひそめたが、多湖はそれに構わずきびすを返した。


「ちっ……とにかく、まかせたぞ?」


 そう吐き捨てるように言い残すと、制服の裾を翻して第三学園の門へと歩き出した。

 多胡の背中を、男たちは無言で見送る。

 その目に浮かぶのは、敬意でも信頼でもない、冷笑だった。

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