気まぐれな妖精

数多 玲

本編

 毎日スマホとにらめっこをする怠惰な毎日。

 1日のうち何割をこの時間で浪費しているか考えるだけで恐ろしくなる。

 今日も今日とておすすめに上がってくる自分向けに偏ったフィルタリングを潜り抜けた「自分向けの」ニュースや動画を見漁っている。


 ……そんな中、あるおすすめアプリに目が止まった。

 バナーには『気まぐれ妖精のお願い叶えます』とある。

 小さな妖精のイラストがウィンクしている。どう見ても怪しかったが、妖精のイラストがあまりにもストライクだったためインストールしてみた。

 まずは、明日のプレゼン資料が雨に濡れてほしくなかったので「明日、雨が降りませんように」と入力してみる。


『了解しました! 貴方のお願い、叶えます』


 翌日、天気予報は雨だったのに、見事に晴れた。衛星写真を見ても、雨雲の予報が自分のいる地域だけをよけるように進んでいる。

 偶然かもしれない。ならば、と「今日のプレゼンが成功しますように」と願う。結果、何が良かったのか取引先がやたら満足してくれた。


 ……本物なのか?


 それならばやることはひとつだ。宝くじで5億円が当たりますように、と書いてみた。


『お願いは1日1つだけです』


 なるほどそうか、と翌日に同じ願いを書いてみた。


『つまらないお願いは叶えません』

 却下された。しかも却下されても1日1回にカウントされるらしい。願いをムダに試すことはできない。


 異性にモテますように、も却下された。つまらない願いの定義を知りたかったが、それならばと翌日は「いつも行っているコンビニで販売される限定商品が残っていますように」と書いた。


『了解しました! 貴方のお願い、叶えます』


 叶った。棚の奥にひとつだけ残っていた。


 こういうのならいいのかということで、さらに翌日は「コンビニくじの1等が当たりますように」と書いたが、それは叶えてくれなかった。

 当たったら転売したい打算的な気持ちを読まれたのか。


 それから毎日、慎重に境界線を探りつつ些細なお願いをしてみた。「満員電車で座れますように」「好きなカフェの新作スイーツが売り切れていませんように」「締切を1日延ばしてもらえますように」

 これらは叶った。打算とそうでない部分の切り分けがどこなのか、妖精の気まぐれは難しい。


 試しに「今日、何か素敵なことがありますように」とお願いしてみた。

 叶った、気がする。

 その日の夜、ふと立ち寄った古本屋でずっと読みたいと思って探していた絶版の本を見つけたのだ。


 どうやら、このアプリは願った本人が心から楽しめる、他意のない願いしか叶えないらしい。どういう仕組みなのか。

 些細なことでも、それを楽しむ目的ではなく売ったりして利益を上げようとするものは叶えてくれないようだ。

 この前の絶版の本も、読んだら売りたいなどと思っていたら見つけられなかったかもしれない。


 興味が湧いて、いろいろ試してみた。「昔の友達と偶然再会できますように」「今日会話する人がみんな小さな幸せを手にできますように」「今まで気づかなかった景色の美しさを感じられますように」など。

 ──どれも叶った、ような気がする。自分にも、周りにも笑顔が増えた。そして何より、どの願いも楽しかった。いつの間にか付き合う相手もできた。


 ある日、ふと気づいた。最近、アプリを開かなくなっていることに。

 願いを入力したつもりになって、今日はどんな素敵なことがあるだろうか、と考えるのが楽しくなったからだ。

 周りを見る時間が圧倒的に増え、スマホを見る時間も劇的に減った。


 久しぶりにアプリを開くと、妖精が画面の中でクスッと笑ったような気がした。


 『……もう君には、私は必要ないみたいだね』


 妖精はアプリとともに静かに消えていった。

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気まぐれな妖精 数多 玲 @amataro

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