第2話【眠る美術館にて】①





 中継カメラが止まった。


FINAL DIPAファイナルディーパ】が報道するためではなく、自社のタレントを守る為に芸能報道陣に紛れさせているスタッフから送られてくるものだ。

 電源を切って、立ち上がったグリフィスが腕を組む。

「会社絡みの考えていることってなんでしょうね」

「多分独立のことだろうな」

 社長室の執務机に両脚を乗せて、ふんぞり返っていたバリーが言った。

 その靴の先に極彩色の大きな鳥が留まっていて、与えられるクルミを突いて食べている。

「やはりそうですかね」

「事務所独立ってなると、きな臭い匂い立てる所もあるが、ジブリルとあのインヴレアっていう女総帥は確かに旧知の仲だし、今の会社の社長もご学友からのマネージャーを経ての友人だから、まあ円滑に独立ってことになるだろうな」

「そうなんですか」

「おう」

 バリーは普段珍しい動物を引き連れて好き勝手世界中を歩き回っているが、意外なほどライバル会社の動向には聡い。

 情報も欠かさず仕入れているし、何かトラブルがあると誰かに任せず、自らが出向いて事を収める。何だかんだで彼の行動力はグリフィスは尊敬していた。

「まあ、ジブリル・フォラントの独立は、別に俺たちにとっちゃあんま関係ねえことだ」

「はい」

 クワァッ! と華やかな翼を広げて極彩色の鳥が羽搏いて行った。


「んなことよりも独立と言えば他に気になる奴がいる」


「どなたですか」

「どなたですかってアルノー・イーシャだよ」

 グリフィスは首を傾げた。

「イーシャさんって……あの人はもう個人事務所の社長でしょう」

「知ってる。だがあいつもいい加減、多忙だろ。そろそろ社長業から手を引き時なんじゃねえか? 仕事も入って来てるんだし、もう自分の仕事だけに専念してーんじゃねえかな」

 グリフィスは瞬きをした。

「なんだよ。モロクトカゲ初めて見たみたいな顔して」

「あ……いえ。貴方からそんな指摘を受けると思わなかったので。確かに、そうですね」

「あいつの会社も軌道に乗ってんだ。そろそろ他の奴に社長業は引き継いでいいだろ」

「本当に多忙ですからね。イーシャさんは。あの人まだ自分の会社のスタッフの仕事管理してるんですよ」

「顔良いわりにあいつ貧乏性だよな」

「誰が貧乏性ですか。ここにある小玉スイカ投げつけますよ。苦労人って言って下さい。

 あの人は小さい頃から施設育ちだから、何でも自分でやる癖がついてるんです」

「アルノーのとこは業務拡大してもいいんだよ。入って来る仕事の量に人手が足りてねえじゃねえか」

「まあ、ほとんどイーシャさん個人へのオファーが主ですからね」

「ある程度の下準備をやらせるスタッフをもっと増やせばいいんだよ。機材の準備とか、編集作業とか、あんなにあいつが一から携わる必要ねえだろ」

「イーシャさんは仕事にこだわりがあるんです」

「別にこだわりを捨てろとは言わんが、アシスタントは増やせってお前から言っとけ」

「いえ……一応他の会社の人なので私からそういうことはなんとも……」

「あいつうちに来ねえかな。そうしたらトロイとまとめて俺が面倒見てやんのになー」

 グリフィスはたちまち半眼になった。

「それが本音ですね。イーシャさんはカメラマンですけど、自身もアーティストなんですよ。創造性というのはどこから溢れて来るか他人には分からないんです。

 それは、手間は省けるでしょうが、アーティストが自分の手でやらないと気が済まないと思ったら、どんなことでもやった方がいいんですよ。勿論私は全くアーティストのことは分かりませんけども」

「うちに来たらマネージメントもアシスタントのことも、全部ストレスなくやってやるってお前から言っとけよな」


 バリーが立ち上がると、窓辺に留まっていたさっきの鳥とは違う、鮮やかなエメラルドグリーン色の大型鳥が羽搏いて彼の肩に降り立った。


「来月から【PLATINA GARDENプラチナ・ガーデン】の新シーズンの撮り始まるんだろ」


「はい」

「第二シーズンの第一話候補地決まったのか?」

「はい。イーシャさんがドイツにいるので、今回はドレスデンの夜景から始めようかと」

 バリー・ゴールドが顔をしかめた。

「なんかふつう。つまんねえ。」

「半年の休み明けなので、優しく入ろうかと思ったんですがマズいですか?

 イーシャさんは華国かこくに来てもいいと言ってくれてますよ。華国の絶景ポイントなら幾つも候補ありますけど」

「古典的だな~お前は……根が真面目って言われねえか?」

「根も葉も真面目と言われますけど。比較的穏やかな市街地から始めようという会議の決定に沿って候補地決めたんですが、社長に案があるならまだ検討しますが……何かお考えが?」

「パンプローナにしろよ。六月なら牛追い祭りまだ間に合うだろ。トロイと牛を決闘させろ」

 グリフィスはまた半眼になった。

「だから牛追い祭りには行きませんと何度もお断りを入れたはずですが」

「いいじゃねーか! 第一回からエネルギッシュでよ!」

「エネルギッシュ通り越して死者も出てますから行きませんよ。コロッセオは候補地に入れておきますから」

「牛追いじゃなきゃヤダ」

「社長、番組の趣旨はあくまでも世界の名所巡りです。

 確かに街の紹介がてらその街で珍しい祭りがあると、トロイさんが必ずやってみようコーナーになってますけど、あれは余興です。

 祭りメインにしていかないでください」

「番組の趣旨変えろ。祭りがいい」

「嫌です」

「おめー今、偉大なる社長に向かって嫌ですとか言いやがったか」

「ああ言いましたですよ! 私はあの番組をそんなワチャワチャしたものにするの嫌ですからね!」

 コンコンと扉が叩かれて、トロイが顔を出す。

「なに? 喧嘩? 今取り込み中?」

「トロイー! おめーパンプローナ行きてえよな‼」

「パンプローナ?」

「返事しなくていいですよ。どうしましたか」

「ん。俺さ、明日家に帰っていいか? 明日リハ終わったらこのまま重慶に泊まるつもりだったけど、アルがなんかこっち帰って来れそうだって言ってるから、出来れば帰りたい」

「そうですか。構いませんよ。ゆっくりして来てください。珍しく予定も二日間入ってませんし」

「うん」

 トロイは嬉しそうに頷いた。

「来月の撮り、まだ今週いっぱいなら候補地受け付けますから。イーシャさんが何かまた撮りに行きたい所あったらメールしてください」

「分かった。聞いとく。俺は暑いから海辺の街がいいなぁ~」

 トロイが口笛を吹きながら去っていった。

「海辺ですね」

 トロイの何気ない呟きを拾ってグリフィスが早速、手にしていたノートパッドにメモしている。

「では社長、私はこれで」

「なんで牛追い祭りそんなに嫌がんだよコノヤロー」

「逆になんでそんなに牛追い祭りが好きなんだ……」

 悔しそうに文句を言ったバリーを置いて部屋を出て、グリフィスは口許を引きつらせた。


「まったくうちの社長は使える人なんだか使えない人なんだか分かんないんだから……」


 やれやれ、と歩き出す。


 トロイ、アルノー、グリフィスの三人で進行する旅番組は去年第一シーズンを全八回で終えた。

 世界の名所を巡り、三人のそれぞれの言語能力を駆使して、街や絶景の案内をするのだ。

 トロイとアルノーは複数の言語を操るバイリンガルなので、通訳を介さず街の人達とその地で通じる言語で話をする。

 名所巡り兼言語教育番組という感じで、言葉で説明すればそういうことだが「ここはこの言語がメインで話されているから、メインガイドは今回はトロイ」のように三人でとにかく作戦会議を開き、最も適したナビゲーターを選ぶ。

『作戦会議』と呼ばれる三人の話し合いは、番組の名物にもなっていて、町々で人気のパンを食すパンコーナーや、グリフィスからのトロイに対するお説教やダメ出し、その地域や街で行われる有名な祭りの競技をトロイが体験したり、色々なミニコーナーが出来た。


 中でもネットで話題をかっさらったのはいつもカメラを撮っていて、声だけの出演しているアルノーが、トロイに誘われて二人でスポーツ勝負した時で、運動神経抜群のトロイといい勝負をするアルノー・イーシャの身体能力に、

「驚いた」

「単なる美形じゃなかった」

「何気にアルノー運動神経いい」

 と、番組の公式ホームページにもっと二人の対決が見たいというコメントが殺到したのだ。

 これを一番喜んだのはトロイで、その回以来何かアルノーと勝負が出来るきっかけがあると、勝負だ勝負だとアルノーに突っかかって彼をカメラ前に引きずり出している。


 ファン以上に熱くなっているのが勝負ごとが大好きな社長のバリーである。


 次の対決はなんだあ! といつもワクワクするようになって非常に鬱陶しい。

 とはいえ、トロイとアルノーの三番勝負などが人気なのは事実で、やればいつもより視聴者の反応が多いしやらないとすぐに「対決がないと寂しいです」などと書き込む奴がいるので仕方ない。


(まあ確かにアスリート並とまで言われる身体能力を持つトロイさんと、イーシャさんがあそこまでまともに遣り合えるなんて私だって予想外でしたけど。本当にイーシャさんは文武両道で凄い人ですね)


 ナビゲーターが男女だとこんなに勝負事に熱くならなかっただろうと、男三人旅ならではの真剣勝負は、男性視聴者にも好感触で、中盤以降これも番組の名物勝負コーナーになりつつある。


 第一シーズン最終回はぜひアフリカロケを敢行しようと中盤から話し合っていたのだが、結局日程が調整できず、行くことが出来なかったので第二シーズンではどこかでアフリカに行くのが目標だ。

 番組はなるべく長く続けたいと、トロイは言っていたのだが彼の年越しライブが決定したことでさすがに日程調整が難しくなり、アルノーも年末にかけて仕事が立て込んで超過密日程になって来てしまった。

 多少企画立ち上げも勢いで入った所があった番組なので丁度いいから一度休み、新しいシーズンとして始めましょうとなった。


 トロイはアルノーと公に会うことの出来るこの番組をとても気に入っていたので、終わった時はグリフィスに再開してくれ再開してくれと終わってすぐ、頼み始めていたのだ。

 一度一月に数回、必ずアルノーに会える生活に慣れてしまえばトロイは数か月会えなくなるのが耐え難くなったらしく、充電期間中にイライラしたりモヤモヤしたり悶々としたりはしたのだが、何とかこなして今日に至る。

【PLATINA GARDEN】が第二シーズン放映開始が決定すると、トロイはまたキラキラし始めた。

 ちなみに番組名にもなっている【PLATINA GARDEN】はトロイのバックナンバーの中でも人気の高い曲名ではあるが、同じく、偶然【PLATINAプラチナ】を冠する会社を保有するアルノー・イーシャが参加する企画であることから、この名前が選ばれた。

 アルノーがいなければ意味の無い番組だったからだ。



 ……彼に、トロイが恋をしていなければ、生まれることは無かった番組なのだ。



 トロイはすでに二年連続年越しライブ開催が決まっていて、その大晦日のライブを皮切りに彼のデビュー十五周年アニバーサリーに突入することになる。だから今年のうちに番組再開が出来て良かったと思う。

 どんな状況下でもトロイ・メドウが、プロの仕事をすることは疑いようはないが、己の中から情熱を死ぬ気で引きずり出すような精神状態よりは、どうあっても情熱は泉のように自然に湧き上がってくる方がいい。


 トロイにとってはアルノー・イーシャは情熱の原動力であり、安定剤でもあるのだ。


 十五周年を前にこの番組再開でトロイの英気を養うこともさることながら、グリフィスの狙いは『アルノーにはトロイ』というイメージをここで世界中に一気に定着させることだった。

 まだ具体的な話にはなっていないが勿論、トロイのアーティスト人生において、最も多い公演数をこなす年になる。

 そのうちのいくつかには、アルノーにもディレクター陣に加わって欲しいという願いがある。すでにアルノーは番組スタッフとは良好な関係を築いていて、いい感じだ。

 ツアーにもこれならばすんなり馴染むだろうと確信出来た。よしよしと満足気に頷きながら、一旦足を止める。


(……何かを忘れているような……)


 引っ掛かりを感じた。

 ノートパッドで今日の予定、この数日やっておくべきことの欄を二度、三度確認する。

 やはり特にやり忘れていることはない。

 よし大丈夫だな、と頷いてグリフィス・エレーラは歩き出した。


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