十年前ー4 殺戮
どのくらいそうしていたか、突然パっと電気がついた。誰がつけたのかわからない。そしてそこに広がっていたのは、寝る前に見た穏やかな光景ではなかった。
首が変な方向に折れている。手足が千切れている。天井に上半身が突き刺さってぶら下がっている。一体何がどうなってそうなったのか、まったく理解できなかった。
そこらじゅうから悲鳴が上がる。多くの人がおかしな死に方をしていた。死んでいたのはみんな年寄りばかりだ。子供と、若い大人たちは誰も死んでいなかった。ただ最初に見たような凍死した死体はなく、生々しく血が飛び散っている惨状となっていた。
俺ははっとなってばあちゃんを探した。さっきまで隣に寝ていたのに、この大混乱で俺は誰かに蹴飛ばされてヨロヨロと違う場所に移動してしまったのだ。ばあちゃんは足が良くない、さっきの混乱で俺のように蹴飛ばされたり突き飛ばされたりされたはずだ。もしかしたら踏まれているかも、怪我をしているかもしれない。
ばあちゃんは壁の近くに倒れていた。目立った怪我もなく、ほっとして駆け寄って呼び起こす。……が、返事をしない。何度もゆすって起こそうとするが起きない。泣きそうになりながら、息と心臓の音を確認する。……どっちも、なかった。見れば頭からわずかに血が出ていた。あの混乱で思いきり突き飛ばされたのだろう、壁に頭を強く打ったのだ。あまりにもあっけない最後だった。
悲鳴もおさまり、誰もが引きつった顔の中状況を整理する。人は死んでいるがこの大雪では助けは来ないし、そもそも体育館に電話など無い。この辺りは電波が悪く携帯電話が通じない。
何が起きた、と誰かが小さな声で言った。馬鹿な、これなんだよ、吹雪でこんなになったのか、変質者じゃないの、こんな大雪の日にかよ! 段々声が大きくなり不安と恐怖で誰もが不安定になっている。
大人たちは冷静になろうと努めているようだが明らかに誰もが混乱していた。逆に冷静だったのは子供達のほうだったと思う。
「ねえお父さん、吹雪で人が飛んだり手足があんなふうになるの……?」
誰かがポツリと言った。大人たちはぎょっとしたが、子供達は脅えながらも声の方を見て答えを待つ。俺も明確な答えが欲しくてそっちを見た。何が起きたのか、知りたい。
「え……いや、ならない、かな……」
やっとという感じで子供の父親であろう男が答える。誰もが反論しなかった。当たり前だ、どう考えたってありえない。異様な死に方をした死体が多数転がった状況で、異様なまでの静けさが辺りを包む。誰もが脅えているのに、泣き叫んだり大声で騒いだりしなかった。誰かがポツリと呟いた。
――雪鬼だ。
その言葉に場の空気が凍るのがわかる。この状況はそれしか当てはまらないのは皆薄々わかっていたことだ。雪の日、外からの呼びかけにこたえて扉を開ければ雪鬼が入って来る。開けてしまったら最後。雪鬼に殺されたのだ、生き残っている自分達はいつ殺されるのか。冷静に考えればおかしなことかもしれないが、一度悪い方へと流れてしまった空気はどんどん深みにはまって行く。
「さっき」
言ったのは俺だ。全員が一斉に俺を見る。
「外から声がして、誰かドア開けただろ。誰が開けた」
ざわざわと少しだけ騒がしくなる。大人たちは寝ていたので気づかなかっただろう。気づいたのは子供だけだ。確か最低二人の女子、でも暗闇の中でぼんやりと見えた人影はもう少しいた気がする。
しかし誰も名乗り出ない。言ってからしまったなと思った。犯人探しがしたいんじゃない、何を見たのかを確認したかっただけだ。しかしここで名乗ればお前が開けたのかと他の奴から責められてしまう。その証拠に、誰も何も言わなかった。
「君は何を聞いたんだ」
大人の一人が俺に聞いてくる。俺は、今思うとかなりおかしかったが……ばあちゃんが死んだショックで感情がすべて停止してしまったかのようだった。静かに涙を流しながら、しかし泣き叫ぶでも嗚咽を漏らすでもなくばあちゃんの手を握ったまま動こうとしない。親しい人の死がショックで悲しいはずなのに、感情がどこかにいってしまったかのようだった。
「寝ようとしたら外から声が聞こえて、何人かドアの前に集まってた。ドア開けたら悲鳴が上がって大騒ぎになった。その時何が入ってきたのか聞きたいだけ。だってどう見たって人間のできることじゃないじゃん」
俺の淡々とした言葉に大人たちは青褪めて、思わず天井に突き刺さった人を見てしまう。慌てて視線を落とした。
「いや、確かに……でも、」
「冬眠から起きた熊かもよ」
「熊……か」
ないな、と自分で思った。熊だって人間を天井に放り投げられるものか。でもおかしな自然現象とか呪いとか殺人鬼とかよりも現実味があったらしい。一部の大人たちはどこか納得したように落ち着きを取り戻したようだった。
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