第23話 リアル
家に帰って、着替えを持ってお風呂に入ろうとしたら、ショータが言った。
「紗羅、脱衣所のドア開けたままで風呂入れ」
「そんなの嫌に決まってるでしょ」
「見ないよ。廊下の方向いてゲームしてる」
「何で……」
「絶対振り向かない」
何だかどうでも良くなって、言われたとおり、ドアを開けっ放しにして、ショータの後ろで服を脱いでいった。
泥の乾いた服を脱ぐと、体のところどころに紫のアザができていた。手首の押さえつけられていたところは擦り傷もあって、それを見るとまた怖くなった。
手が震えている。
「俺ずっとここにいるから」
ショータが背を向けたまま言った。
震えが少し止まった。
脱いだ服を全部ビニールに突っ込んだ。今日着ていたものは全部捨てると決めていた。
看護師さんが随分拭いてくれたみたいだったけど、髪の毛には泥もこびりついていて、泣きながら洗った。
温かいお湯の中に全身浸かったところで、バスルームの曇りガラスを叩く音がした。
「出る時言って」
そう言うと、ガラスの向こうにショータの背中がぼんやり映った。
「子供の頃、じーちゃん、ばーちゃんのいる田舎に行くと、夜中にトイレに行くのが怖くて、ドアの前で待っててもらってた。窓の外から、手がニョキっと出て来るんじゃないかとか想像してさ」
いきなり何の話を始めるのかと思った。
「でも、本当に恐ろしいのは、ウシガエルだったんだ。ある日トイレに入ったら、隅っこにでっかいウシガエルがいて、でもこっちも急ぎだからさ、ウシガエルに動くなよ、って念じながらやってたわけ。そしたらそいつが、じりじりと近づいて来るんだよ。こっちが動けないのをいいことに。知ってるか? ウシガエルって、めちゃくちゃでかいんだ!」
想像してちょっと笑えた。
「急いでトイレ出たんだけど、あれ以来、怖いのは窓から出て来るかもしれない手じゃなくて、ウシガエルになった」
「変な話」
「でも、ウシガエルなんてどこにでもいるやつじゃないからさ、もう怖いもんなしだよ」
その後も、近所の用水路に大きなオタマジャクシを見つけて、新種だと思って捕まえて帰ったら、祖父に「それはウシガエルのオタマジャクシだ」と言われて速攻戻しに行った話をしてくれた。
「もう出るよ」
ずっと笑わされっぱなしだった。
「キッチンにいるから、ウシガエル出たら大声で叫んで」
「捕まえるの?」
「いや、それは無理だわ。逃げるんだよ」
「え? まさかひとりで?」
「紗羅、そのくらいひとりでなんとかしろ。お前はもう大人なんだから」
「ありえない」
ショータの影が見えなくなって、脱衣所のドアが閉まる音がした。
ショータの子供の頃を想像して、笑いながら服を着た。
キッチンに行くと、ポトフを作ってくれていた。
「何を作りかけてたのかわかんなかったから」
そう言って、リビングのローテーブルの上にスープ皿を並べた。
「ここで食べるの?」
「映画でも見ながら」
ソファには座らず、床に並んで座り、映画を観ながら食べた。
ポトフの味はよくわからなかった。
それでも食べ終えて、お皿を片付けて戻ったら、さっきまでSF映画だったものがコメディ映画に変わっていた。
もう一度床に座ったら、今度はショータが後ろから抱きしめてきた。
これじゃあ、まるで恋人同士みたいだよ。
そう思ったけど言わなかった。
あんなに怖かったことが、すごく昔のことのようで、ここは安全だって思えた。
もう、映画も頭に入らない。
この気持ちが何か、はっきりとわかってしまった。
ショータのことが好き。
あの漫画みたいに。
義弟を好きになってしまった。
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