夏の日の約束 【KAC2025-4】

🐉東雲 晴加🏔️

🎉KAC参加作品🎉 夏の日の約束




 あの夢を見たのは、これで9回目だった。




『しーちゃん、オレ、来月引っ越すことになってん』


 いつもは私をからかったり意地悪なことばかり言ったりするくせに、ジリジリと照りつける太陽の下、俯いた顔が影になって見えない。

 ぐっと握られた拳が、彼らしからぬ小さな声が、その言葉が嘘ではないことを物語っていた。


『哲くん……もう、会えんくなるん?』


 口から出た私の声も、彼以上に小さく震えていたと思う。

 哲くんは意地悪なことも言ったけれど、それでも私がなにか困っていると何処にいても飛んできて助けてくれた。

「しーちゃんはどんくさいんや」と笑いながら颯爽と現れる哲くんに、弟が毎週休みの朝に観ているヒーローみたいだな、と思っていた。哲くんが本当は凄く優しい男の子なんだって事は、私はちゃんと解っていた。

 私が泣くと、いつも黙って隣りに座って、泣き止むのをただじっと待っていてくれた。


 彼がいなくなることを聞いて、思わず溢れた涙がハラハラと落ちて地面に吸い込まれていくのをみながら、哲くんはゆっくりと私に近づくと私の手を取った。


『オレ、もうしーちゃんが泣いても隣にはおってやれん。けどな。……やけどな、オレ、絶対にまた帰って来るから』


 おっきくなったら迎えに来るし。かならず来るし。

 そしたらもう、絶対に傍をはなれん。しーちゃん、だからまっとって。


 そう言って顔を上げ白い歯を見せる。そして、いつもそこで目が覚めるのだ。


 哲くんは嘘をつかなかった。大きくなって、本当に帰ってきた。

 あの頃みたいに白い歯は見せなかったけれど、少し恥ずかしそうに「オレのこと、覚えとるけ?」と笑った。


 それから哲くんは一度も約束をやぶることなく、いつも私の隣りにいて、嬉しい時も、悲しい時も、涙が溢れた時にはただ傍にいてくれた。


 ずっと、ずっと傍にいてくれた。



「……もう、絶対に傍を離れんって言っとったくせに」


 喉から出た声は、夢で見た自分の声より思いのほかかすれていて、目の前にかざした手に刻まれている深いシワに目を細める。


「うそつき」


 仕方ないと解っているくせに、あの夢を見たあとはつい思ってしまう。

 普段は彼の夢なんて見ないのに、決まってあの夏の日が近くなると毎年思い出したように見るのだ。

 ずっと傍にいると言ったくせに、一年に一回しか夢に出てきてくれないなんて酷いではないか。


 

「――誰が嘘つきなん」

 


 気がついたら、隣りに哲くんが座っていた。


「……オレ、しーちゃんに嘘は言わんよ。迎えに行くから、まっとってって言ったやろ?」


 そう微笑む哲くんは何故か再会した頃の姿で。



「……遅いよ。しかも自分だけそんな若い時の格好でズルい」



 何年待たせたら気が済むん。



 そう毒づいたら、哲くんは子どもの頃みたいに笑った。


「よく見て見なよ、志乃も綺麗やよ。オレは嘘は言わん。……でも、待たせてごめんな」


 重ねられた手は、気がついたら二人ともシワ一つなくて。やっぱり彼はヒーローみたいだなと思った。


 抱きしめられた哲くんからは、あの夏の日の香りがした。



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