第9話 コボルト
「えい、えい!」
アックスピークを一撃で倒していく椿姫。
まるで重機に殴られたかのようにモンスターが吹き飛んでいく。
その光景に討伐者たちは目を丸くしていた。
「お、お嬢ちゃん強すぎない?」
「今日の俺は強いつもりだったけど、段違いだ」
周囲の反応を父親が気にしているようで、耳がピクピクと動いている。
「椿姫、結構強いだろ。普通の討伐者とは比べ物にならないレベルみたいだよ。これぐらいのダンジョンなら怪我をすることも無いと思う」
「みたいだな……そうか、椿姫はそんなに強いのか」
俺は椿姫が倒したアックスピークを深淵で回収していく。
分析をしても自分の能力は上がらないみたいだが、食用として十分活用可能。
それも椿姫の協力があってこそだけど。
「あれ? なんだかまた強くなってないか」
元々椿姫は強かったはずだが、戦っているうちにさらにその実力が増しているような気がした。
さっきは吹き飛ばすだけだったモンスターが、破裂したりし始めている。
「お兄ちゃんもそう思う? なんだか力が強くなった気がするんだよね」
「そ、そりゃモンスターを倒していたら成長するからね、俺ら討伐者は」
「そうなんですか?」
一緒にいた討伐者がそんなことを教えてくれる。
しかし彼が言っていることが正しいのなら、討伐者初心者の俺たちはまだまだ強くなるってことだよな。
俺の能力は特殊だから置いておいて、椿姫と父さんはもっと強くなれると。
想像するだけで寒気がする。
これ以上強くなったらどうなるんだよ。
「成長するのなら話は変わってくる。俺も戦うぞ」
「いや、今日は止めておこうよ。火事になったら帰りが大変だって言っただろ」
「そうだったな……しかし俺も成長したいんだがな」
そりゃモンスターを楽に倒せるようになるのなら、成長しておきたいもんな。
俺だってもっと強くなりたい。
それが家族のためになると考えると、余計やる気が出てくるというものだ。
「それで、椿姫に対する評価はどう?」
「ああ」
口数少ないが父親は椿姫のことをずっと目で追っている。
すでに彼女の事を信用しているような、そんな顔をしていた。
これならもう大丈夫だろう。
ま、あれだけど派手にモンスターをぶっ飛ばしてたらそうなるか。
アックスピークを倒し続けていたのだが、また新しいモンスターが出現する。
小さな体で犬の顔、手には弓を持っている。
そのモンスターの名前はコボルトというらしい。
コボルトは集団で行動することが多いらしく、見える範囲でも10匹ほどはいるようだ。
「コボルトだぜ。散開して倒すのが良さそうだな」
「了解。じゃあお姉ちゃんも倒してくれ。お兄ちゃんは……手を出さないでくれ」
討伐者たちは父親の火力をすでに見た後なので、その破壊力に恐怖心を抱いているようだ。
敵の数がそれなりにあったとしても、手出し無用と念を押してくる。
「やれやれ。また待機か」
「仕方ないでしょ、あの火力ならさ。手加減ができるならいいと思うけど」
「その自信は無いな。ただ魔術を放出しているだけだから、手加減といわれてもよく分からん」
「うん。絶対に手を出しちゃダメだよ。皆前に出てるから、椿姫だって巻き込まれそうだし」
父親に釘を刺し、俺も前に出る。
コボルトの力はどれほどのものか知らないが、俺たちの敵ではないだろう。
男たちが軽く倒しているのを視認でき、間違いなく自分でも勝てると断定する。
俺が近づいてくるのに気づいたコボルトが、弓でこちらを狙い撃つ。
正面からの攻撃。
俺はそれを避けることなく、胸の当たりで喰らってみせた。
「なるほど。防御力も上がっていたみたいだけど、この程度の攻撃では傷一つ付かないようだな」
胸に当たったが服に少し穴が開いただけ。
コボルトの攻撃力ではこちらの防御を突破できないようだ。
流石はミノタウロスの防御力。
頼りになるな。
「あいつ、弓を食らっても平気な顔をしてるぞ」
「どうなってるんだよ、あの連中は……」
「自信無くしちゃうな」
俺の防御にも驚きを隠せないでいる討伐者たち。
そんな彼らを気にすることなく、コボルトに飛び蹴りを入れた。
「ほいっ」
バコーンとコボルトの頭が弾ける。
すでに意識は無い。
俺はすかさず深淵でコボルトを取り込んでみせた。
そして解析し、コボルトの能力を手に入れる。
「ステータスに変動は無いと……でも弓を扱えるようになったみたいだな」
コボルトを取り込んだ時に弓も一緒に入手することができた。
それはコボルトとは別判定だったらしく、分解することなく自分の深淵の中に入っている。
それを取り出し、遠くから椿姫を狙っているコボルトに向かって弓を引く。
「弓の威力はどれぐらい――かな!」
弓は勢いよく飛翔していき、コボルトの頭を軽々と貫く。
うん。十分に通用するレベルだな。
もっと高難易度のダンジョンになるとどうなるか分からないけど、このレベル帯の門の中じゃまだまだいけそうだ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ああ。残りはそう多くない。のんびり行こう」
椿姫たちがコボルトと戦っている間に、俺はその死骸を眺める。
「コボルトの肉は食べれそうだけど……犬肉と大差ないみたいだからな。回収はやめておこう」
日本では犬の肉を食べるのは良しとしない。
当然俺も食べたいわけもないので、回収はしないでおこう。
コボルトの見た目も犬っぽいし、抵抗が強いよな。
「ふー、これで終わりだな」
「コボルトは型に嵌ると大変だが、今回は楽に勝てた」
「君たちのおかげだな」
討伐者たちが俺たちに礼を言ってくる。
一緒に戦っただけで、礼を言われるようなことはしてないんだけど。
「こちらこそありがとうございます。いい訓練になりますよ。俺たちはまだまだ素人なんで、こうして一緒に戦わせてくれるのは嬉しいです」
「そ、そうか……素人なんだな君たち」
「その実力で素人って……どうなってるんだ」
俺は彼らに苦笑いを向けた後、弓だけ回収して回る。
コボルトの肉はあれだけど、これは使えそうだからな。
「じゃあ先に進もう。これはただの経験則だけど……クリスタルはもう近くだと思うよ。だいたいこれぐらいの距離の場所にあることが大概だからね」
「そうなんですね」
討伐者たちはベテランらしく、そんなことを教えてくれた。
クリスタルを破壊すればこの門はクリア。
後もう少しで終わるんだな。そう考えると少し寂しい気がした。
討伐者として活動できることが楽しく思え、もっと戦っていたい気分になっていたのだ。
それからコボルトとアックスピークを倒しながら先へ進むと、開けた場所に出る。
森の中央に大きな広場があり、その中心にクリスタルが設置されていた。
椿姫はスライムゼリーを食しながら、クリスタルを見て感嘆の声を上げる。
「わぁ……この間はちゃんと見ている余裕は無かったけど、綺麗だね」
「そうだな。しかしあれがクリスタルか。あれぐらいはお父さんが壊してもいいだろ?」
「ダメ。パパの力はここでは禁止!」
とうとう椿姫にまで禁止された父さん。
先日は椿姫の参加を禁止していたのに、立場が逆になっていることに笑いが込み上げる。
「では代表して俺が壊そう。皆は待っていてくれ」
今回参加した討伐者の中で、一番ベテラン感を出していた人が前に出る。
そしてクリスタルの前に立ち、剣を振り上げた。
その直後――
男は炎に包まれてジタバタともがき始めた。
「な――何が起こったんだ!?」
「分からない……敵か?」
突然のことに狼狽える男たち。
だが椿姫は燃えている男の元に走り出す。
「椿姫!?」
「あの人、まだ助かると思う!」
椿姫の回復力なら彼を助けられるかも。
俺も椿姫と同じ考えを持ち、彼を守るために走り出す。
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