第8話 柊の料理、四季の魔力
ミノタウロスの肉と玉ねぎを一緒に炒めて、焼肉と同じ味付けにする。
それをご飯の上に乗せるというシンプルな料理法。
その名もミノタウロス丼。
見た目は焼き牛丼としか思えない作り。
男たちは白色のフードパックに入ったそれを見下ろし、ゴクッと唾液を飲み込む。
「いただきます」
若干躊躇していたようだが、口の中に入れて咀嚼を始める。
「う……美味い。美味いぞぉ!」
「なんだこれ……こんな美味い物食べたことがない!」
「これがモンスターの肉? 最高じゃないか!」
全員に受け入れられ、俺と椿姫はハイタッチをする。
父さんも嬉しいのかうんうん頷いていた。
だが一番嬉しいのはもちろん母さんだったようで、喜ぶ人たちに優しい瞳を向けていた。
「美味しかったら宣伝もお願いします。これからメニューはドンドン増える予定なのでよろしくお願いします!」
食べている人たちに向かって椿姫がそう言い頭を下げる。
椿姫と母親の関係性は知らないみたいだが、関係者と理解して「分かったよ」と温かい言葉をかけてくれていた。
「母さんの方は問題無さそうだな。ってことで俺たちは門への進入を開始しようか」
「ああ。皆が腹ごしらえを終えたらな」
美味しそうに食べる男性たち。
人に喜びを与えることって素晴らしい。
そう思える光景だった。
◇◇◇◇◇◇◇
食事を終えて満足そうな男たち。
彼らと俺たちは一緒に門の中へと入っていた。
今回のダンジョンは森の中のようだ。
さっきまでは運動場だったので、その違いにまだ慣れない。
父親は初めてのことでまだ驚いている様子。
顔には出ていないが、興味深そうに森を見渡している。
「空は青い……時間帯は同じってことか」
「どうなんだろうね。俺も二回目だから分からないな。夜になったら暗くなるかもだし、暗くならないかも」
「夜まで冒険しよっか?」
「ダメだ。晩御飯までに帰らないとお母さんに迷惑がかかるからな」
椿姫の冗談に対して本気で返す父親。
俺と椿姫は父親が見えないところで笑い合う。
「普段から冗談通じないけど、ママのことになったら余計だね」
「ああ。良い夫婦だよ。父さんと母さんは」
「私も、そういう関係が築ける旦那さんがほしいかな」
「椿姫なら大丈夫。可愛いからずっと愛してくれるはずだ」
俺がそう言うと不服そうな表情を浮かべるのだが……こんな時の椿姫の気持ちが分からない。
どんなことを考えているのだろう。
男の俺では想像もつかないな。
「モンスターが現れたよ。俺たちはお腹一杯だし、食後の運動がてら頑張ってくるよ!」
母さんの丼物を食べた人たちが、モンスターに向かって駆け出す。
ここに出現するモンスターはアックスピークという名前らしく、鳥のような肉体に長いくちばし。
体はそう大きくなく、俺たちの膝ぐらいまでしかない。
「おらっ!」
剣を持っていた男の一撃。
アックスピークはその一撃で真っ二つになる。
結構強い人なんだな。
俺は彼らが戦う姿を見て、そんな風に考えていた。
「あれ? 何で今日の俺はこんなに強いんだ?」
「俺もだ! いつもより力が出るぞ!」
「あんたたちもか。俺だってこいつには苦戦してたはずなんだけど――この通りだ」
そう言って手斧でアックスピークを仕留める男性。
どうやら自分たちの力に驚いているようだった。
「どういうことだろう?」
「分からんな。俺も今回が初めてだから判断が付けられない」
「あれじゃない? ママの料理が美味しかったから、力が出てるとか」
「ははは。そんなこと……ありえるのかな?」
椿姫が言ったことに最初は笑い飛ばそうとするが……あながち間違いではないのかもと考え出す。
母さんの能力は料理人。
料理に関する能力があってもおかしくはない。
作る物が美味しくなるだけだと思っていたが、もしかしたらとんでもない能力なのかも。
また家族で話し合って、能力の確認をするとしよう。
俺たちは残念ながら母親の手作り朝食を食べてきていない。
食パンを焼いて食べただけだから、効果は分からないのである。
「ママの能力だったら凄いね」
「いや、能力が無くてもお母さんは凄いぞ」
「そんなの知ってるよ、パパ。少ないお金でやりくりしてきてくれたもんね」
「ああ。頭が上がらないよ、お母さんには」
母さんも苦労してるもんな。
手取りが少ない父さん稼ぎで、6人家族の家計を任されてきたんだ。
父さんだけじゃなくて、皆母さんには頭が上がらないんじゃないかな。
「じゃあそんなママを楽させてあげるために頑張らないとね」
「ああ。そろそろ俺にやらせてもらおう。自分の力を試してみたい」
父さんは自分の右拳を強く握り締め、真剣な目をしていた。
討伐者をするにあたりスキルを習得するのは必須のなのだが、それ以外にもいくつか大事なことがある。
その一つが【アーツ】だ。
これはスキルを習得した後に覚えられる「技」。
アーツには適正があり、取得できるものとできないものが人それぞれ違うようだ。
父さんが習得できるのは魔術系アーツと呼ばれるもの。
ゲームなんかで言えば、魔法みたいなやつらしい。
俺は残念ながら習得できるアーツが無いらしいが、父親は6つある属性の内4つの適正があるようだ。
これは珍しいことらしく大概が1つ、2つ適性があればいい方とのこと。
いいスキルとアーツの適性を手に入れたであろう父親。
あとはどれぐらいの戦闘力があるか、これは楽しみだな。
「次は父親が戦ってもいいですか?」
「もちろん。では私たちは後ろに回るよ」
男性たちが俺たちの後方に位置する。
少し先の方にアックスピークの姿が見え、父さんは静かに右手を前に出した。
「ファイヤー」
それは初級魔術と言われる火のアーツ。
その名の通り簡単な魔術で、初心者では大した威力を出せないアーツのようだ。
アックスピークに傷を付けられたら上等。
父さんのスキルがもし高性能のものであったら……一撃で倒せる可能性もある。
だがこちらの予想をはるかに上回る火力を誇る父親の『ファイヤー』。
森の中ということもあって周囲の木々が燃え盛り、前方の景色全てが炎に包み込まれた。
「え……えええっ!? ちょ、今のファイヤーなんだよね? どうなってるのこの人の魔力ぅ!!」
大騒ぎする討伐者たち。
しかし俺も椿姫も同様に驚いている。
初級魔術でどんな威力してんだよ!
「これは……使えるのか?」
「使えるってもんじゃないでしょ。規格外だよ、あんた」
「こんな威力のファイヤーなんて見たことも聞いたこともない。これじゃまるで、禁呪レベルじゃないか」
「らしいぞ、太陽」
「らしいね」
初心者の俺ではなく、戦い慣れているであろう男たちがそう言っているのだ。
化け物みたいな火力で間違いないのであろう。
俺と椿姫は苦笑いを浮かべたまま、興味無さげに燃える景色を眺める父親の背中を見ていた。
「これならどれぐらいのレベルのモンスターに通用するか教えてくれないか?」
「そうだね……上級でもいけるわ! なんでこんなレベル帯のダンジョンに来てるんだよ!」
「すまない。今日が初めてのダンジョンだったものでね」
「う、嘘だろ……」
唖然とする男たち。
でも嘘じゃないんだよな。
討伐者として活動するのも初めてだし、アーツを使用するのも始めて。
父親は本物の初心者なのである。
「ってことで今日の父さんの活躍はこれで終わりね」
「なんでだ、太陽」
「だって父さんが暴れたら、ダンジョン内が全部燃えちゃうよ。そうなったらかえって危なくなるだろ」
「なるほどな。では後は太陽と椿姫に任せる」
「よし。じゃあ次は私がやるから。見ててよ、パパ」
椿姫が張り切り、両拳を握って父さんにそう言う。
まだ父さんは認めたくないみたいだけど、結構な実力者だと思うよ、椿姫は。
まぁ父さんみたいな派手な力は無いかもだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます