月が見ている
@mizu888
第1話
それは月の明るい夜だった。
川沿いを歩いて帰る。途中大きな公園を横切ることにして等間隔で並ぶ広葉樹の小道を歩いた。
離れた位置に月明りに照らされてひときわ目を惹く場所にある木が目に入る。
楓の木だ。
もっと向こうの方に楓の木はたくさん集まった場所がある。それなのにこの木は1本だけここに立っていてキラキラと輝いて見えた。
ちょうど私の行く手から近い場所にある。
近づいて紅葉狩りを楽しもうかななんて。美しいものと出会ったのだから、寄り道してしまおう。
遠くからでも鮮やかな
あの日も月の明るい夜だった。
ああ楓さん、私はあの夜もあなたに会った。
私とあなた、薄々お互いの気持ちを知っている。そんな誰にも秘密の関係が、私の唯一の生きがいだった。
それほどに、私はあなたが好きだった。
あの夜
「私もう行かないと」
そう言う楓さんを、今夜のように美しい紅葉の下で見送った。
それが、あなたに会った最後だった。
あの夜から楓さんとは会えなくなった。
なぜ会いに来てくれないのか、もうずっと待っている。
私は楓の木の幹に寄りかかって、月から見えないように隠れた。
風があちらからこちらへ木々を揺らして渡っていく。
顔を上げると、遠く向こうからこちらにやって来る人がいる。
花束…
ああ、それを抱えた人を私はよく知っている。
私の目の前に立ち停まって、私を見つめている。
「待ちましたよ。ずいぶん」
「ごめんね……」
楓さんが謝った。
「いいんですよ」
「もうそろそろ認めなきゃ。……私あなたが好きだった。でもどうしても言えなかった」
楓さんが、つぶやくように言った。
「うれしい。言えなかった…私も。……好きです、楓さん」
「……ごめんね」
楓さんはもう一度謝った。
「謝るのは私の方です!ごめんなさい楓さん。……楓さん?」
何と声をかけたらいいか、言葉が見つからなかった……だから私は空を仰いだ
「…………それにしても…月がきれいですね」
楓さんが泣いている
静かに静かに
涙の流れる音が聞こえそうなくらい静かで、風はぴたりと止んでいた。
私たちはしばらく何も言わずにいた。
愛おしくて、私は優しい月明りに照らされる、美しい楓さんをただ見つめて近づいた––––
遠くの方で、ずーと遠くの方で、私を呼ぶ声がする
そうか・・・
置いて行ったのは私の方だ・・・・・・
いくら隠れたって私はもうここにはいられない
最後だっていうのに楓さんは置かれた花束を見つめるだけだった
「私もう行かなきゃいけないみたい・・・・・・ごめんなさい・・・楓さん」
月が見ている @mizu888
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