第18話 『人肌燗 35℃』

夜が更け、しっとりと落ち着いた雰囲気が漂う『宵のしずく』。

カウンターには、若い女性が一人座っていた。手元のグラスを見つめながら、微かに震える指先を隠すように手を組む。


律はその様子に気づき、優しい声で話しかけた。

「今日は少し冷えますね。温かいものをお出ししましょうか。」


女性はかすかに頷き、少しだけ微笑んだ。

「…お願いします。」


律は瓶を手に取り、湯煎器でゆっくりと温める。

「35℃、人肌燗です。ほんのりと温かく、抱きしめられるような心地よさがあります。」


グラスに注がれると、湯気がほのかに立ち上り、やわらかな香りが漂った。


女性はグラスを手に取り、そっと口元に運ぶ。

「…あったかい。なんだか、包まれているみたい。」


律は微笑みながらうなずく。

「人肌燗は、まさに人のぬくもりを感じさせる温度です。寒い夜に、心までほぐしてくれるんですよ。」


女性は一口飲み、ぽつりとつぶやいた。

「私、さっきまで恋人と喧嘩してしまって…もう、終わりかもしれないって思ったんです。」


律は静かに耳を傾けた。

「喧嘩があるのは、それだけ想いが強い証拠です。人肌燗のように、少し温まるとお互いの気持ちが柔らかくなるかもしれません。」


「…そうですね。でも、自分の気持ちばかりぶつけてしまって、彼のことを考えられていなかった気がします。」


律は新しい一杯を注ぎながら、優しく続けた。

「素直になれない夜には、このくらいの温かさが心をほぐしてくれますよ。少しだけ肩の力を抜いて、相手の心にも触れてみると、また違って見えるかもしれません。」


女性は涙をこらえるように笑った。

「ありがとうございます。もう一度、ちゃんと話してみます。」


律は静かにうなずき、温かさが胸にしみわたるような微笑みを浮かべた。


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