インビジブル

葛瀬 秋奈

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 私を産んだ母は、第二子出産の際にその子共々亡くなったと聞いている。その頃からだっただろうか、私に見えない誰かの声が聞こえるようになったのは。


『ねぇ、ボクの声、聞こえてる?』


 男か女かもわからぬ子どものささやくような声で、私だけに語りかけてくる。


『このまま進むと車の事故に巻き込まれる』


『もうすぐ雨が降るから早く帰ろうね』


 事故があるといえば必ず事故は起きたし、雨が降るといえば必ず雨は降った。私は密かにその声の主を「妖精さん」と呼んで頼りにするようになっていた。


 ある日、父が家に知らない女性を連れてきて新しい母親だと言った。父が私の話を聞かないのはいつものことだが、その人はちょっと変だった。私を見るなり眉を顰めて、子どもと話しているのに笑顔をつくろうともしない。


「あの人のこと、どう思う?」


 夜、人目の心配がない自室のベッドの中で私は妖精さんに語りかける。


『魔女だね。しかも悪いやつ』

「なら、お父さんは騙されてるんだ」


 一緒に暮らすようになっても、印象はあまり変わらなかった。むしろどんどん悪くなった。ささいなことですぐ怒るし。実母が亡くなって放置されていた庭で勝手に知らない植物を育て始めたのも嫌だった。


「日曜日に山に誘われたけど、どうしよう?」

『置き去りにする気だな。大丈夫、ボクにまかせて』


 山の中を散々ぐるぐる歩かされてから山菜採りをやらされて、目を離したすきにあの女は居なくなっていた。でも、妖精さんの導きのおかげで難なく下山することができた。帰ってきた私に対してあの女は一言「おかえり」と言ったきりだった。


「もう我慢できない」

『庭のコンフリーをあいつの食事に混ぜてやろうか』


 妖精さんの言う通り庭を調べると、本当にそれらしき植物が生えていたのでこっそり粉末にしてスープに混ぜて出してやった。食べ終わるなり魔女は激しく嘔吐して痙攣し、動かなくなった。コンフリーは肝機能に障害がでるだけのはずなのに。


『どうやらコンフリーでなくてジギタリスだったらしい。食べさせられなくて良かった』


 こともなげに妖精さんは言う。震える私の指先を、見えない小さな手が握りしめる。


『ボクがいるから怖くないよ。ね、お姉ちゃん?』

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インビジブル 葛瀬 秋奈 @4696cat

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