妖精の取り替え子

冬野瞠

ある邸宅にて

「先月から子供が変なんです。まるで別人になったみたいで」


 オカルト案件中心に請け負う探偵である俺の前で、ソファに座した婦人が話し始める。

 訪ねた家で出迎えてくれた相手は憔悴した様子だった。家の中も雑然としており、常人なら人を招くのは躊躇ためらう状態だ。彼女の精神的な疲弊具合がうかがえる。

 だが、心霊現象に悩む人間にはありがちなこと。詳しく聞かせて下さい、と俺は先を促す。


「私、なかなか子供ができなくて。数年前に子供はいつできますか、って占いで聞いて、やっと授かったんです。それで……去年生まれた娘の様子が最近おかしくて。多分、妖精の取り替え子ってやつです」

「取り替え子」


 聞き慣れない言葉を聞き返す。ヨーロッパにそういう言い伝えがあるそうだ。妖精と人間の子供が入れ替わってしまうのだとか。

 だがここは日本。俺は婦人が何らかの妄執的な思いこみを持っていると判断した。


一先ひとまず、お子さんを確認させて頂きたいのですが」

「分かりました。こちらです」


 先導する婦人に追従して二階へ上がる。ここにいます、と半ば押し込まれて入った部屋は薄暗く、なぜか背後でドアが閉まる。

 えっ、と言葉を失った俺は、部屋の中央に鎮座するものを見て、再度驚く羽目になった。

 堂々としたベビーベッド。その上に、直視するのもはばかられるような、禍々まがまがしい形の何かがいる。一抱えほどの大きさのそれはいびつな人形めいていて、もぞもぞと動いていた。

 なんだこれは。別人どころではない、これが人間であるはずがない。そういえばこの家の旦那はどこにいるんだ。吐き気をやり過ごしながら声を張り上げる。


「奥さん! 旦那さんはどこですか」

「旦那? そんなのいませんよ、最初から」


 扉越しに、か細いのに妙に通る声が返ってくる。


「もう一つ訊いてもいいですか。あなたが占いを頼んだ相手って――」

「ああ。こっくりさんですよう」


 笑いをこらえているような不気味な返答。やはりか、と俺は壁を叩きたい気分になった。

 ある意味すべて妖精の仕業しわざではあるわけだ。こっくりさんも妖精の一種には違いない。

 名状しがたい物体と婦人とがキャキャキャと狐みたいに哄笑する。

 俺は果たして帰れるだろうか。我が愛すべき薄汚れた事務所に。

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妖精の取り替え子 冬野瞠 @HARU_fuyuno

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