妖精の花冠
一途彩士
花冠の作り手
幼稚園の砂場で泥団子をつくり、輝きを友だちと競い合うような時分でした。
泥団子で服を汚すわたしをみかねたのか、母は「手先を上手に使えばこんなものもできるのよ」と言って、シロツメクサの花冠を見せてくれました。
わたしはその冠にひどくはまってしまいました。
母に作り方を教えてもらってから、わたしはせっせと花冠を作りました。幼稚園での外遊びは必ず先生がいいといった花を摘み取り冠にしました。母が迎えに来てくれた帰り道も、公園に寄ろうとせがんでは新しい花冠を作りました。
「教えるんじゃなかった」と母はときどき零していましたが、そんなことには構わずわたしは花冠を作り続けていました。
わたしは花冠を作るので満足してしまう性質だったものですから、出来上がったものはすべて母に渡すことにしていました。
母はわたしの作った花冠を、家の前に飾られている猫や犬、うさぎ、そういった置物の頭に被せました。冠の花が古くなる前に新作が出来上がっていたはずですが、いつでも新しい冠が像の上にはありました。きっと母が処分していたと思っていたのですが、大きくなってから聞いてみますと、像に被せた冠は、朝になるとなくなっていたというのです。
それを大きくなったわたしが聞いて、思い出したことがありました。
そのときはいつものごとく母に花冠を手渡そうとしたのですが、ちょうど母の手はふさがっており、仕方なく自分で置物の像の頭に冠をのせました。ひとつふたつと被せていくのですが、たくさん作った冠がすべての像に行き渡りません。わたしは像の数が普段よりも多いように感じました。覚えたての数え歌で端から順に数えていくと、一番最後に数えた像は見知らぬものであることがわかります。
「おかしいねえ」
「おじょうちゃん。私のぶんはないのかい?」
突然ちいさな声が聞こえました。よくよく周りを見てみると、最後に数えた置物が喋っているではないですか。
置物は人の、老婦人の姿をしています。背中からは蝶々のような羽が生えており、その羽を地上で休めながら、物腰の柔らかい表情で幼いわたしをみていました。
「ああ、ずっと置物の振りをしていたから、体が固まっちまったよ」
「おばあちゃん、今日つくったかんむりはもうないよ」
「そうかい。……いつも勝手に持って行っている身ですまないが、今日は隣のうさぎの冠をもらってもかまわないかな」
「いいよ!」
自分がつくった花冠を求められたことが嬉しかったのでしょう。わたしは意気揚々とうさぎの頭から冠をとっぱあらい、ちいさな老婦人に渡してあげました。
「ああいいね。今日のもいいねえ」
婦人は冠の花のにおいをかいで、それから自分の頭に乗せました。
婦人は背中の羽をはためかせ、立っているわたしの顔の前までやってきます。
「ありがとうね、おじょうちゃん」
「おばあちゃん、空飛べるのね。蝶々といっしょだね」
「そうだとも。私ら妖精は蝶々のように空を飛び、花の蜜を吸って生きるのさ」
婦人はほほほと笑って、空中でターンしました。花の甘い香りがかすかに届きます。
「じゃあね、おじょうちゃん。たぶん他の冠も、夜のうちに私の仲間が持っていってしまうだろうが許しておくれよ。おじょうちゃんが作る冠が一番綺麗だと私らの中で評判なのさ」
器用に片目を閉じて挨拶をした老婦人は、空へとぱたぱた去っていきました。
どうしてこのことを忘れていたんでしょう。そもそも小さな老婦人と話せたことを、妖精と称したことも疑問には思わなかったのでしょうか。
いえ、しばらくすればわたしの花冠ブームも終わってしまいましたので、それですっかり頭の中から消えてしまったのでしょうが。ですが不思議なこともあるものです。
わたしが花冠を作らなくなってから、妖精たちは他の上手な花冠の作り手を見つけられたのでしょうか。彼女との遭遇を思い出した今では、それが少しだけ気がかりです。
妖精の花冠 一途彩士 @beniaya
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