馬と娘

Bamse_TKE

救いの馬

たんと伝わる 昔の話





嘘か誠か 知らねども





昔々の 事なれば





誠の事と 聞かねばならぬ







 昔々あるところに妻に先立たれ破れかぶれに暮らす男やもめと、その娘が小さな畑を営んでおったそうな。その娘はとうに娘盛りを迎えていたものの、甲斐甲斐しく酒に溺れる父親の面倒を見ておったとのこと。幸せとは言えぬ生活ではあったが、慎ましく父娘二人で暮らしておった。


 ある朝の事、娘がまだ床の中にいる父親を置いて畑仕事に出ると、畑には見たことも無いほど立派な馬が一頭、その美しい姿を畑の傍に横たえていた。娘が恐る恐る近寄ると、馬は嬉しそうに嘶きを上げ、馬と娘はあっという間に仲良くなった。


 それからというもの娘はあの容姿端麗で筋骨隆々とした立派な馬に惹かれるようになり、馬もまた娘が畑に出るのを楽しみにしているかのように、いつも娘の畑の傍で娘が来るのを待っていた。


 どうにも娘の様子がおかしいことに気付いた父親は、畑仕事に出た娘の後をこっそりついていった。すると娘が馬と仲睦まじげにしている姿を見てしまい、父親は頭に血が上った。


 持っていた鉈で馬を斬り殺し、その体を木に吊るし始めたのである。それを見た娘は、泣きながら父親を止めようとするも、父親の力には敵わない。無惨にもその亡骸を木に吊るされた哀れな馬を見て、娘は嘆きながらその首元に寄り添った。父親はまたも逆上し、持っていた鉈で死んだ馬の首を叩き切ってしまった。するとどうしたことか、馬の首は縋りついていた娘を乗せたまま天高く舞い上がり、あっという間に見えなくなってしまった。


 その後馬を憐れんだ村人たちが馬を埋葬すると、夜中その枕元に娘と馬が立ち、蚕を桑の葉で飼うことを教え、絹糸を産ませるようにと言い残して消えた。それから村は養蚕で栄えるようになり、感謝を込めて馬と娘の人形を飾り、養蚕の妖精【オシラサマ】と呼び大事に崇めるようになったとか。





「恵子、どこだ。」


 俺は叫びながら目覚めた。真っ暗な部屋の中、俺はたった一人で終わらない悪夢にうなされていた。


「また、あの夢か。」


 俺は毒づきながら体を捩った。いや捩ろうとしたが、体が上手く動かない。


「恵子、どこだ。」


 叫んでも返事が来るはずはない。そうわかっていても俺は叫ばずにいられなかった。そう、最愛の娘恵子はもういないのだ。妻に先立たれた俺を妻のように、いや妻以上に甲斐甲斐しく世話してくれた大事な娘恵子。ある日突然現れた馬の骨が俺の大事な恵子を攫って行ったのだ。あれ以来恵子には一度も会えていない。それでも俺は叫ばずにはいられなかった。


「恵子、どこだ。」







「恵子、どこだ。」


 医療刑務所内でいつも通りの叫び声がこだまする。ここは体に病気や障害がある犯罪者が収監される医療刑務所、とくにここは高齢で認知症を患った犯罪者たちがその大半を占めている。その医療刑務所のなかで一際大声で叫ぶ老人の部屋、なぜか圧倒的に女性刑務官から嫌われている、そんな老人の部屋に女性刑務官が二人、ニヤニヤしながら入っていった。


「いい加減にしなよ、くそじじい、最低最悪の性犯罪者の分際で。」


 二人の女性看守のうち若いほうが吐き捨てるように老人に言った。老人は起き上がろうとしたが、その手足はベッドに縛り付けられ老人に起き上がることすら許さない。


「あんた自分が何したかわかってんの?」


 もう一人の中年女性看守が侮蔑に満ちた視線を老人に送りながら呟いた。中年看守は続けた。


「実の娘を何年も欲望のはけ口にしておきながら、罪の意識も感じずによくもまぁぬけぬけと、娘の名前を叫ぶわね。ボケたからって許されると思ったら大間違いよ。」


 その言葉を合図に若い女性看守は腰に差していた馬を打つための鞭をゆっくりと振り上げた。さきほどまで娘の名前を叫んでいた老人の顔が恐怖に歪む。


「ほどほどにしておきなさいよ。」


 中年看守はにやりとしながら、口では止めておきながらも若い女性看守がこれから行うであろう行為に見惚れていた。

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馬と娘 Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

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