第3話 男爵家の三男坊

「奥様、頭が出てきました!力まず息を吐いてください」

 しゃがれ声の皺の深い干からびていると言っても過言ではない老婆の助産師が姿に似合わない大きな声を出して言うと

「わ、分かってる…んん、フーーー、ん、フーー」

 奥様と呼ばれた女性も必死に力を抜いて息を吐こうと努力する。

 最大の難関の頭が抜けたため肩もすんなり出始めると

「もう肩も出ますよ!もうすぐです!」

 助手と言うには少々老けている白髪交じりのかっぷくの良い女性が叫ぶと同時にトコロテンの様ににゅるりと赤子が姿を表した。

「直ぐにタオルを!」

 赤子を抱いた助産師が叫ぶと流れる様な動きで助手がタオルを掴むと両手で抱える様に持ちながら広げた。

「ほうら、良く産まれて来たね」

 皺の深い助産師が更に皺を増やしてくしゃりと笑うとそれが合図だった様にタオルに包まれた赤子が泣き叫び始めた。

「こりゃあ、元気な子ですなぁ。立派な男の子ですよ」と助産師がキヒヒヒと不気味な笑い声で赤銅色しゃくどういろの髪を乱して窶れた女性に話しかけた。

「さあ、奥様も抱いて下さい。本当に元気な子ですよ」

そう言いながら助手は赤子を奥様と呼んだ女性の隣へと優しく置いた。

「ああ、本当に元気ね。今までの子で一番元気じゃないかしら」

 そう言って奥様と呼ばれた女性は赤褐色せきかっしょくの瞳を潤ませどこまでも愛情深い聖母の様な微笑みを浮かべて顔の隣で元気に泣き叫ぶ我が子をそっと撫でた。

「さて、ワタシは旦那様でも呼んで来ますかね。どうせ落ち着きなくうろうろしてるでしょうし、早く落ち着かせてやりますか、キヒヒヒ」

そう言って助産師は部屋の扉を開けて、ゴン!「痛っ!」…扉に何かが当たった。

「旦那様何をしてるんですか?」

助産師は人を呪いそうな薄目で旦那様と呼んだ男性を睨む。

「いやぁ、赤ちゃんの泣き声が聞こえたから直ぐに入れる様に扉の前で待ってたんだ。

っあ!エスカ大丈夫?元気な子を産んでくれたんだね!」

そう言って旦那様と呼ばれた男性は助産師を押し退け愛する妻の元へ駆け寄った。

「私は大丈夫よ、もう5回目なんだから慣れたものね…ふふふ

立派な男の子よ、名前は決めてたアギトで良いの?」

そう問いかけられた武の名門?と言うには些か迫力に欠けるほっそりとした体つきのダークブラウンの髪を後ろで束ねた優男が

「ああ…アギトだ、アギトで良い……」

そう言いながらゆっくりと綿毛わたげを壊さぬようにするかの如く慎重に赤子を抱いた。

「全く、産まれたとたん部屋に飛び込んで来なくなったのは成長だがドンと構えておれんものかね」

呆れたため息を吐きながら助産師は幸せそうに語らう二人と元気にあーあー叫ぶ赤子を優しい瞳で見つめた。

「さて赤ちゃんと奥様の身を清めたら他の家族にも面会させますからとっと出てって下さいな」

助産師がそう言うと旦那様から赤ちゃんを受け取り、名残惜しそうに妻と子を交互に見つめる男を助手が背中を押して部屋の外へと追いやった。




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