消えた妖精の絵

嶋月聖夏

第1話 消えた妖精の絵

 僕の名は陽川誠一。乙木小学校の六年生。

 いろんな本を読むのが大好きで、図書委員をしている。

 僕の学校は教室にも本棚が置いてあり、いろんな本が置かれている。これは図書室へ行かない生徒にも気軽に本を読んで欲しい、という願いが込められているんだ。

 その中には、分厚い本も数冊ある。今のところ読んでいるの僕だけらしい。

 今回の事件は、絵を描く宿題を出された事が始まりだった。

「何でも自由に描いてもいい」と言われ、クラスのみんなはそれぞれ好きな物や描きやすい物を描いてきた。

 僕は何冊もの本の絵を描いた。絵を描くのはあまり得意じゃないのもあるが、好きな物だから。

 次の日の朝、同級生の江ノ島海斗君が描いた絵を見た皆が歓声を上げた。

 それは、綺麗な妖精の絵だったからだ。透明な羽を広げ、青空を笑顔で飛んでいる、花のようなひらひらとしたドレスを着ている女の子の絵だ。

「さすが江ノ島君!」

「お父さんがプロの画家だし、江ノ島君も何度も絵のコンクールに入賞しているもんね~!」

 江ノ島君のお父さんは、僕が住んでいる都市では有名な画家だ。地元の美術展では連続で入賞しているし、江ノ島君自身も絵画コンクールで何度も入選している。

「江ノ島君、すごい…!」

 そう歓声を上げたのは、同級生の花沢絵里花さんだ。クラスの女子の中では小柄な子で、ピンクのワンピースがとても似合っている、ふわふわとした栗毛色の髪も可愛い子だ。

「なんで妖精の絵なんか描いたんだ?実際に居ないのに」

 盛り上がっていたクラスの雰囲気に水を差したのは、神崎亮一君だ。背が高く、キツイ眼差しがどこか不良っぽい感じを受けさせる。

「僕が描きたかったから」

 一瞬。ちらっと花沢さんを見た後、江ノ島君はきっぱりと答えた。

「それとも実際の人間を描くことができないのか?だから居るわけがないもん描いてんのか?」

 神崎君は、なおもトゲのある言葉を言ってくる。お父さんが人物画を多く描いているのの対し、江ノ島君は妖精の絵をよく描いているからだ。

「いいじゃない。私は江ノ島君の妖精の絵が好きだよ」

 花沢さんが、江ノ島君をかばうように言った。

「ありもしないものを描くって、無効ですよねー?」

 少し機嫌が悪くなった神崎君は、先生へそう求めたが、先生は「いや、とてもいい絵だぞ」と江ノ島君の絵を認めたのだ。

「神崎、お前は前から江ノ島へ何度も悪口を言っている、という報告を受けているぞ。悪口を言うのは、止めるんだ」

 逆に注意をされてしまった神崎君は、さらに不貞腐れてしまった。

 

 事件が起きたのは、その日の五時間目が終わった後の休み時間だった。

 江ノ島君の妖精の絵が、急に無くなってしまったのだ。

 宿題の絵は、朝礼の後にみんなでそれぞれ教室の後ろの壁に飾った。江ノ島君の絵は、ちょうど真ん中に飾られていたのだ。

 それ最初に発見したのは、クラスの女子の一人だった。体育の授業が終わって教室に戻ってきた(うちの学校は、体育の時は教室とは別にある更衣室で着替えてから移動するんだ)時に、江ノ島君の絵だけが、無くなっていることに気づいた。

 僕の後に神崎君が教室へ入った瞬間、大騒ぎになった。神崎君が、江ノ島君の絵を破って捨てたんじゃないかと、一部の女子達が詰め寄ってきたんだ。

 だけど僕は、神崎君がそんな事をしないと思っていた。確かに神崎君は江ノ島君に対し悪口を言っていたけど、それ以上の事は絶対にしなかったから。

 それにゴミ箱を調べて見たが、破られた絵は全然見なかった。さらに言うなら、神崎君は体育委員だから給食を食べ終えたら準備のため、すぐ教室からいなくなったからだ。

 神崎君が出て行った後、江ノ島君の絵はまだ飾られていた。僕ははっきりとそう言い切った。

 なぜ僕がそんな事を覚えていたのかというと、ちょっと気になった事があったからだ。      

 僕は昼休みの間、自分の席で教室の本を読んでいた時、江ノ島君の絵を何度も見上げていた子がいたから。  

 

 その後、話を聞いた先生から「推測で決めつけないように」と一応注意があった。

 六限目の授業は、一部の生徒が険悪な雰囲気を出しながら受けていた。神崎君へ詰め寄った一部の女子だ。

 江ノ島君はその子達をなだめながら「絵は授業が終わった後に探してみる」と言った。もちろん、僕も一緒に探す。

 六限目が終わり、皆で江ノ島君の絵を探し始めた。その絵の大きさは下敷きより一回り小さいから、見つけるのは少してこずるかもしれないが。

「何してんだよ!」

 神崎君の怒鳴り声が、教室に響いた。

 女子の一人が、神崎君の机の中にあった教科書などを引っ張り出したのだ。

 他の女子達が加わって、神崎君の教科書やノートをパラパラめくり始める。

「…どうやらなさそうね」

 女子の一人がため息をつきながら、そう呟く。

「なんだよ!?一体!?」

 まだ疑われたと気づいたのか、神崎君はさらに怒鳴ってきた。

 他の同級生達が戸惑う中、花沢さんだけがなぜか教室の本棚の方を何度も見ていた。どこか、不安げな顔で。

―もしかしたら…。

 この間読んだ推理小説のトリックが頭に浮かび、僕は本棚の方へを足を動かした。

「…あ!」

 僕の動きに気づいた花沢さんが止めようとしたが、僕は構わず本棚の中の分厚い本を二冊取り出す。

「…ええっ!?」

 神崎君も、大声を出した。分厚い本の間から江ノ島君の妖精の絵が出てきたのだ。

「ちょうど同じ大きさだから、このように挟んでもすぐ分からなかったんだ」

 この間読んだ推理小説のトリックは『お札を別の場所に挟んで隠していた』というものだった。

「誰が一体…?」

 神崎君を責めていた女子が、驚きの声を出す。

 それに対し、僕は心当たりがあった。でも、できれば自分から名乗り上げてほしい。     

「…ごめんなさい!」

 突然、花沢さんが泣きながら頭を下げてきた。

「花沢が…!?」

 神崎君が、戸惑いの顔になる。

「何でだ…?そもそもお前の背じゃ届かないだろ?」

 もし椅子を使っても、花沢さんの背では届かない位置にあった。だけど、僕にはどうやって届いたのか見当がついていた。

「本を踏み台にすれば、届くんじゃないかな?」       

 そう、花沢さんはこの分厚い本を踏み台にしたのだ。本の表紙は汚れてなかったのは、中履きを脱いでいたからだろう。

 この分厚い本を足せば、背の低い花沢さんでも絵に届く。そして、この本の間に挟めば、すぐに見つからない。

「そう言えば、体育の時間、花沢さん来るのが遅かったわ…」

 別の女子が、思い出したように呟く。

「なんで、お前がそんな事を…!?」

 自分が疑われた原因を作った事を怒るより、神崎君は花沢さんが江ノ島君の絵を隠したのが信じられないようだった。

「この絵の女の子が、私に似てるってみんなが言っていたから…」

 花沢さんからの理由を聞いて、僕は本の間に挟まれていた妖精の絵を見た。

「本当だ…!」

 確かに、この妖精の女の子は花沢さんに似ている。

「だからよく見て見たくて、壁から外してみたの。そしたら体育の授業があったの思い出して…」

 慌てていたのでその本を本棚にしまう時に、つい本の間に絵を挟んでしまったのだ。

 それに気づいたのは、体育の授業が終わった時だった。急いで教室に戻ったら神崎が一部に女子に詰め寄られていたのを見て、怖くなって言い出せなくなってしまった。

「神崎君、ごめんなさい…。私のせいで皆に責められて…」

 頭を下げながら、謝り続ける花沢さんに、神崎君は「お前のせいじゃねえよ」とフォローする。

「僕の絵を好きになってくれるのは嬉しいけど、神崎君を疑う事はやめてほしい」

 江ノ島君は、神崎君を疑った女子達へそう話す。女子達は、江ノ島君が真剣に話しているのを見て、神崎君へ「ごめんなさい…」と謝ったのだ。

「そう言えば、どうして神崎君は江ノ島君への悪口を言うの?」

 こうなった原因は、神崎君が江ノ島君へ悪口を言うのが原因だと思う。その理由を、聞いてみたかった。

「花沢がいつも江ノ島の絵を褒めるから…」

 神崎君が話した理由は、江ノ島君への嫉妬が原因だった。         

 

 その後、妖精の絵は再び教室の壁に飾られた。

 どうやら神崎君は、花沢さんに気があったらしい。それで、江ノ島君の絵を褒めていたのを見てつい絵の悪口を言ってしまったんだって。

 江ノ島君が妖精の絵をよく描いていたのは、花沢さんに気があったからだ。花沢さんが好きな絵本の妖精に似ていたのがきっかけだったとか。

 でも、江ノ島君は花沢さん自身が好きになっている。それで妖精の絵を描くとつい花沢さんに似せてしまうんだ、って話した。

 三人の恋の行方だが、この事件がきっかけで後日、江ノ島君と花沢さんは付き合うことになったのだ。そして神崎君は、残念ながら失恋してしまった。

 それからしばらくして、神崎君は教室の本棚の前で座り込んでいたのを見た。もしかしたら失恋から立ち直って、教室に置かれている本に興味を持ってくれたのかな?

 

 終わり

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消えた妖精の絵 嶋月聖夏 @simazuki

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