声兎

あさ

 鋭利な刃物が私を見ている。それを握っている1人の男。私にまたがり、狂気を帯びた顔で私を見ている。恐怖が血液と一緒に全身を血管を通して駆け巡るのを感じる。全身が震えている。内臓が震えている。頭から足先まで震えている。殺されるのが怖い。怖くて怖くて仕方がない。

 男は思いっきり空気を吸い込み、力を込め、一気に刃物を振り下ろした。そこで私は目が覚めた。

 目が覚めるときは、緩やかに現実へと戻される。ゆっくりと目を開け、現実の世界だ、と落胆してため息を吐く。

 今日も1日が始まる。どんな辛いことがあろうと、どんなに苦しいことがあろうと、否応無しに時間が押し寄せてくる。時間はどんなことでも背中を押してくる。布団の中で、胎児が子宮の中にいる姿をしながら、じっと体が起き上がる準備をする。

 目がシパシパする。瞬きをするうちに、次第に目を閉じ、また寝ている。

 追われている。何かは分からない。ただ、何かに追われている。酸素を思いっきり吸っても、まだ足りない。

 追われている。足の筋肉が引きちぎれるぐらい走った。どこか身を隠せる場所はないか探した。どこもかしこも平たんで真っ白な場所を、ただ走って逃げる。

 後ろを振り返ると、何もいなかった。走るスピードを緩め、辺りを確認した。何に追われていたのだろう? 自分を疑った。振り返った瞬間、異様な生物と目が合い、目が覚めた。

 また、現実に戻った。朝日が私を襲う。

 起きるか。

 今日も、日常が私を襲う。たぶん、死んでしまえば楽だろう。でも、あっさりと死ぬ気にはなれない。私には生まれてきた理由がある。それが分からない。分からないから、生きている。そもそも、生きる理由に意味は必要なのか。

 死ぬときは死ねばいいし、自分がそう決めたのなら、死ねばいい。進路選択と一緒だ。死ぬことが悪なのではない。死ぬことが悪だと思っている人間が悪なのだ。望まない死より、望んだ死の方が良い。

 でも今ではない。だから、生きるのだ、何かを求めて。

 

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声兎 @i_my

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