『アブドラジル』
やましん(テンパー)
『アブドラジル』
金星の世界樹、アブドラジルは、いまも健在です。
その木は、地球の木とは違っております。
本体を成すのは、濃厚な大気。
それを、木として形成するのは、強力な意思の力なのでした。
金星の大気圏は、太陽の影響でかなり変動しますが、最大100キロメートル近くに達していることもあります。
それはとても濃密で、大部分は二酸化炭素。地表の大気圧は92気圧もあり、気温は460℃にもなります。硫酸の雲もあります。
ただし、高度が55キロメートルあたりになると、地球とあまり変わらないようです。そのあたりに空中都市とかを作ることは、将来的には可能ではないかとも言われます。火星のテラフォーミングより、可能性が高いかもしれない?
しかし、また、もしかしたら、それは地球の未来かもしれないとも、いわれたりもします。地球人も、やがて、地表には住めなくなるかもしれないと。
さて、地球と金星は、584日ごとに接近します。
アブドラジルの木は、根からではなくて、他のところからエネルギーを吸収する必要がありました。
それは、たくさんの実からなのです。
実と言っても、それは、エネルギーの塊であり、あってもない、あるいは、なくてもあるようなものなのですが。
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『やれやれ、まことに、生きにくい世の中だなあ。なんでもあるが、なんでも買えない。なんでも買えるのは一部のひとだけだもんな。ずらっと並んでるのなんか、嫌がらせみたいだな。』
なにが入っているのか、よくわからないような鞄をぶら下げて、ぼく、マー・シー・ヤンは、地下鉄の階段を降りて行きました。
相変わらず、ひと、ひと、ひと。
よくもまあ、こんなに沢山のひとが集まれるものだな、と、ひたすら感心する毎日です。
しかも、だいたい、みな、同じ時間に、同じ様に動いているらしいです。
何時も見る人が、同じ電車の同じ箱に乗り込み、同じつり革に掴まって、みな、いつも同じ様なスタイルをしているのです。ごりらさんみたいに怒って叫んでいたり、コアラさんみたいにひたすら眠っていたり、でかいにゃんこさんみたいにずっとお経を唱えていたり、ナマケモノさんみたいに我慢強くぶら下がっていたり、おさるさんみたいに高速で天井を駆け回っていたり。
『超過激マンネリズムだな。』
自分だって、その一部だろ、とは思いながらも、止めるわけには行かないわけです。
生きられなくなるからね。
つまり、これは、自分が生きるエネルギーを吸収するために、必要な手段なのです。
社長などは、毎日、御迎えの車がやってきます。
しかし、ときに、渋滞に巻き込まれるから、時間をずらして出勤したりするのです。
電車の方が確実なのですが、まあ、臨機応変とはゆかないのです。電車の都合に合わせるしかないわけよ。
社長と言っても父親なのですが、とっくに、縁を切られているわけなのです。
住む場所も違うし、話もしないし、もちろん昇進する道はないのであります。
それを前提に、採用してもらったから。
また、そうした関係があることは、社内には知らせていないのです。
父親の子供は、兄と姉だけであります。
ぼくは、音楽家になりたくて、かつて家を飛び出したのだから。
失敗した。みごとに。
才能がないわけでもない。と、自分では思うのですが、広い世の中には、ぼくくらいの才能は、わんさといたのです。
いや、市場が狭いのだから、仕方がないかな。
いまどき、クラシックは受けないからね。
たまに、地下劇場で、アルバイトとして、変装して、会社にはナイショで、カツラを被って、ショパンさまのワルツなどを弾くのですが、注目はされないまま、年ばかり経ってしまいました。
『今年こそ、疎開するぞ。』
と、勝手に思うのですが、そうした実行力には欠けるらしいのであります。いまだに、一人身だし。
ぼくが降りるのは、かなり、マイナーな駅です。
とはいえ、昇進しないのだから、あっさりと、だいたい定時に帰ります。昇進しない身分であることは、みな、知っていますから、文句を言われる筋合いはありません。
いまは、金星が真っ盛りです。
都会の中でも、その光は、全てを突き抜けて、自らの存在を主張しているわけです。金星の光は、影をつくることさえあると言います。
すごいことです。
『ああ、金星に行きたいな。』
ぼくはつぶやきました。
すると、『あれれれれ?』
身体が、しゅー!〰️〰️っと、ストローのように、伸びた気がしました。
『あららららららららあ😓』
ぼくは、ヒモみたいになって、地球を飛び出しました。
『わ。地球だよ。綺麗だね〰️〰️☺️』
そんなこと、あるわけがないから、突然死みたいな瞬間かな、と、思ったりしました。
そのまま、ぼくは、なんと、金星に吸い込まれるように、しゅぽん! と、なにかにはまりました。
『なんだ、これは、なにかの中だな。なんだろう。』
『やあ、いらっしゃい。まいど。』
『あ、取引先の、黒名八木さん。たしか、行方不明になっていたような。』
『はいな。ここに来ておりました。ここは、金星の世界樹、アブドラジルです。あんたも、実になります。』
『はあ?』
『アブドラジルの木は、金星人の最も進化した姿なんだ。きみは、このまま、アブドラジルの木の実になる。つまり、ゆっくりと金星人の一部となり、エネルギーの供給を担うんだよ。寿命は、ざっと、30000年。いや、50000年ゆくかも。金星時間でね。金星の一年は、225日。ただし、一日は地球の243日。ま、それであたりまえ。金星人は常に進歩しているからね。こうした木は、金星にたくさんある。地球に再接近したときには、それぞれが、波長のあう人間などをピックアップして、招き寄せるんだ。実にするために。実は、エネルギーの源だよ。くわしいことは、よくわからないけどね。わたしは、次に来るものに、それを伝えるのがお役目。あなたもそうだ。役目を終えると、いよいよ、本当に実になってゆく。ひとの姿はなくなり、地球のことは忘れてしまい、仕事に邁進するんだ。』
『そうれは、あまりに、むちゃくちゃな。』
『なあに。次第に普通になるよ。満員電車みたいにね。もう、何億年もこうだったから。人類の前は、小型の恐竜さんだったらしいよ。滅亡にも、関わってるようだけど、わからない方が大きいな。じゃ、お役目ご苦労様。』
黒名八木さんは、黙ってしまいました。
金星の大地は、地球よりもなだらかです。クレーターは、そんなに見えません。
でも、ぼくは、鞄を下げたままでした。金星の気圧でも、押し潰されなかったようなのです。
それには、荒川博士からもらった、不思議な装置が入っていたのです。
😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖😖
荒川博士は、キューさんに言いました。
『来たぞう。ついに、謎が解けるかもな。信号は金星から来ている。ばっちりだ。まだ、金星自体には行けないけどな。やがて、金星ステーションを作るぞう。』
キューさんが言った。
『社長、予算が足りません。』
☆
🙇
『アブドラジル』 やましん(テンパー) @yamashin-2
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