ラーメン・ボヤージュ2025
アステリズム
第1話
『ラーメン・ボヤージュ2025』
惑星イエークジローから派遣された宇宙調査員、ネンノック・ヨサイ・アベル・カルム・メシマス、通称アベル。彼の外見は、どこにでもいそうな彫りの深い顔立ちをしており、地球人と変わらない。
彼は人類の宇宙進出に備え、脅威度判定ために地球に降り立った。食生活、環境、攻撃性、しかし個人的には、この惑星の独特な食文化に興味を持っていた。
「わっさいびーん、くぬ辺っしまーさるまちやぐゎーやあいびらに?」
「海外の方? えーと翻訳アプリ......」
「わっさ! しまたん。くまうぅてー通じらんぬが......えーと、これで通じるでしょうか......」
「あら!」
アベルの知能は人間の遥か上を行く。地球の言語を一瞬で理解でき、どこにいても言葉に困ることはない。
東京に降り立った彼が最初に目をつけたのは、日本の経済だった。地球の金融システムは彼の目から見て非常に未熟で、レベルが低く、扱いやすい。アベルは情報を素早く分析した。
「この経済レベル、思ったより低いな......え? 口座作るのに電話番号? 電話番号作るのに口座必要なのに? どうなってんのこれ」
心の中で呟いたアベルは、すぐに自分のハッキングスキルを駆使し、日本の金融システムにアクセスを試みた。そして、あっという間に電話番号と口座を作成し、ネット上から仮想通貨を採掘し現金化、1時間もかからず株価取引で莫大な利益を上げ、調査資金を潤沢に手に入れることができた。
「これでしばらくは資金に困ることはないだろう。しかしこれ破産する人多いんじゃないの? 滅茶苦茶だなぁ」
アベルは満足と困惑がシャッフルされる喜怒哀楽どれにも属さない微妙な感情を抱えながら、自らの空腹に気がついた。
次のターゲットは、食文化。アベルはまず、食生活を調査するため、ランチタイムに訪れたのは、先程聞いた小さなラーメン屋だった。彼は、地球での食文化に興味を持っていたが、同時に不安でもあった。まずもって、見かけが自身の惑星のものとは全く違うのだ。
「材料ごとに形があるのか......ペーストじゃないという事は硬さもまばら、非効率じゃないか......しかし、この香り、香りがあるなんて」
注文したのは、シンプルな中華そば。
アベルは運ばれてきたその香りを感じた刹那、かつての子供時代、厳しい訓練、宇宙のあらゆる惑星や世界が瞬く間に通り過ぎる瞬間を味わった。
俗に言う走馬灯である。
スープから漂う鶏の深い香り、麺の柔らかな艶、そしてどこか懐かしさを感じさせる存在しない記憶......箸の構造を理解し瞬時に使い方を覚え、その一口を口に運んだ瞬間――
「アッ」
アベルは驚愕した。スープはさっぱりとしたキレがあり、ほんのりと甘みがありながらも鶏ガラの旨味がしっかりと感じられ、麺は程よくコシがあり、噛むごとに小気味よい食感を楽しめる。
具材のチャーシューは柔らかく、メンマとネギのアクセントが絶妙にマッチしていた。これらの要素が、まるで一つの宇宙、一体感を醸し出し凝縮したような感覚を与えた。
「ボクは何をしている? ここで何を......ボクは、ボクは宇宙、今宇宙とひとつになって......」
アベルは目を見開き、泡を吹いて倒れた。
「あ、あんちゃん! ちょっとあんちゃん大丈夫かい!?」
アベルの顔色は緑に変色し、息が上がり、体が冷や汗をかき始め、痙攣しながら泡を吹き完全に意識が飛んでいた。
救急車で運ばれたアベルは病院に連れられ、検査を受けようとした瞬間目が覚めた。
「ヤバ! ヤバいヤバい検査は良くないダメ絶対!」
目を覚ましたアベルは、看護師にお礼と多すぎる紙幣を押し付け、木陰に駆け込み転送装置を起動、先程のラーメン屋へと戻った。
「あれ、あのラーメンというのはもしかして戦略兵器なんじゃないか? 食べ物? 毒物かなにか......? いやでも地球人は普通に食べてたし、僕の身体に適合しないだけ? でも生理機能は同じはずだぞ? あれが料理だとしても他の星では味わえない......動物性タンパク質と炭水化物であそこまで栄養にムラがあるなんて無意味だろ......でもあの味......なんなんだあの......」
一呼吸おいた後、アベルは医療用スキャナー取り出し、精密スキャンを命じた。
「スキャン開始、診断結果は......味覚過剰電気信号による致死レベルのショック症状、危険度最大、体内塩分濃度上昇、コレステロール上昇、臓器負担上昇、脳へのダメージ回復、問題ありません」
「は? 美味しすぎて死にかけたって事?」
「そうです。次回同じものを食べる場合に備え、感情抑制薬をレプリケートします。お大事に」
仕方なく、処方された感情抑制薬を服用し、冷静さを保ちながら再び先程のラーメン屋へ入った。
「兄ちゃん! 大丈夫だったかい!? 戻るの早くねぇか!?」
「あ、ご迷惑とご心配おかけしまして申し訳ありません。持病なので慣れてるんですよ、ハハ......さて、中華そばを」
「大丈夫か......まぁそういうなら......」
薬が効いている状態で、シンプルな中華そばをもう一度注文した。そして一口。やはりその美味しさに再び圧倒され、強力な感情抑制薬を持ってしても抑えきれない激情が頭を蠢き、アベルは一分間気絶した。
「これは......危険だ......これを故郷に持って帰る訳にはいかない......この惑星は封鎖しなければならない」
アベルは静かに呟きながら、ラーメンを三杯おかわりした。
「これは迷惑料です。あなたのラーメンは宇宙をとれますよ」
「に、にいちゃん!?」
重いアタッシュケースを丸ごとドスンとカウンターに置き、アベルはゆっくりと礼をし、店を去った。
「調査日誌、惑星地球・東京に存在するのは恐るべき中毒性を持った食べ物だった。ラーメンと呼ばれる栄養バランスを欠きむしろ不健康あまりある。欠陥とも呼べる食べ物は恐るべき旨味をもち、食べた者の脳に多大な影響を与える。私の医療データも併せて送信。この惑星の武装や金融レベルは下の下であり脅威とはなり得ない。ラーメンに関してはこの店さえ封鎖すれば、惑星全体封鎖までは......は?」
その時、彼は驚愕の事実に気が付いた。街中を歩けば、至る所にラーメン屋がひしめき、各ラーメン屋事に特徴が事なる事を理解した。醤油、味噌、塩、豚骨、家系、二郎系、背脂ちゃっちゃ、清湯系に鶏白湯、全てのラーメン店があの味とは違う、あるいはそれ以上の味を提供しているのだ。
彼は、その場で意識を失った。
ラーメン・ボヤージュ2025 アステリズム @asterism0222
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