ルカン・ルブロン・サメ・シャーク

アステリズム

第1話

 銀河の果て、惑星ティブロン。

 そこは知的生命体ティブロン人たちが支配する、サメ型異星人の母星である。彼らは残忍な宇宙屈指の戦闘種族であり、幾多の星々を侵略してきた。


 だが、彼らは未だかつて『敗北』という概念を知らなかった——この青く輝く小さな惑星『地球』に挑むまでは。


「ターゲットは太陽系第三惑星地球! 我々ティブロン人の新たな支配地だ! 広大な海に豊富な食材! フハハハ我らの黄金時代が来る!」


 ティブロン艦隊の最高指導者ルカン提督が誇らしげに宣言する。彼の鋭いヒレは輝き、牙はニヤリとギラついていた。


「兵士諸君、これより地球制圧作戦を開始する! 皆殺しだぁ!」


 ティブロン艦隊の旗艦、スクアーロが重力ワープを終え、太陽系へと到達した。ティブロンの科学力は地球より1000年先をいっている。本来ならば、作戦すら必要ないだろう。


 だが、彼らは知る事になる。


 地球は、彼らの想像を超えた『サメの惑星』であったことを——


「ネゲントロピー・反動重力安定! ワープアウト!」


「素晴らしい、青い惑星か......!」


 ワープアウトした瞬間、ティブロン戦艦は地球のあらゆる電波を拾い、解析を開始した。


「て、提督! 何か、この惑星は何かが......」


「何かとはなんだ!」


「この惑星は、地球はサメが、サメの扱いが......!」


「 なんだサメの扱いって」


 何をどうしたものか、この部下が最初に解析したのは寄りにもよって『サメ映画』だった。


 世に存在するありとあらゆるサメ映画、B級、Z級、ホームビデオレベルから何もかもを目に通していく。誠に運の悪いことに、ディブロン人は地球人の10倍速で映像を認識できた。


 シャーク・ルカンの目が泳ぐ。


「な、なんだこれは!? なぜサメが空を飛ぶ!? いや、あれはサメのゾンビ!?......え、幽霊のサメ!? いや待て、こいつらなんで巨大サメを倒す為に巨大サメロボットを作ってるんだ......!? この惑星の海はどうなって......なんだよシャークトパスとプテラクーダって! 弱体化してるじゃないか!」


「将軍、これは地球の娯楽コンテンツの一部です! 恐らく本物では......」


「これが娯楽だと!? 娯楽でサメにこんな扱いを……!?」


 さらに別の兵士が叫ぶ。


「大変です! 地球ではサメを崇拝する文化と、サメを無意味に倒す文化が共存しています!」


「なにぃ!?」


 モニターには、サメの神を崇める宗教、サメをテーマにした観光地、そしてサメ型のキャラクターグッズが次々と映し出された。


「理解できん……なぜ彼らはここまでサメを愛し、同時に破壊しようとするのだ……?」


 百戦錬磨、恐怖を覚えたことの無かったルカン提督の顔が目に見えて歪んだ。


「落ち着け! ティブロンの戦士たるもの動揺するな! 我々は侵略者だ! 奴らの文化に惑わされるな!」


 シャーク・ルカンは必死に鼓舞した。

 だが、その瞬間。


「提督!! まずいです!!」


「何だ次から次へと! なんだよ何がまずいというのだ!?」


「これを見てください!」


 モニターに映し出されたのは、一人の男。


 鋼鉄の意志を持つ表情、筋肉質な体、そして……血に染まったチェーンソー。


「サメをぶっ殺せ!」


 画面の中の彼は、演説の後サメをチェーンソーで一刀両断し、竜巻に巻き込まれながら次々とサメをナマス切りにし、サメに飲まれても中から貫通、サメに乗って地上へと着陸したのだ。


 宇宙船の中が一瞬で恐怖に包まれる。


「まさか、地球人類が生み出した最強の対サメ兵器……!?」


「奴は竜巻の中に飛び込んで、サメを両断しています!?」


「ば、馬鹿な……竜巻の中のサメを討つだと!? そんな狂気の所業……!」


「提督!! もし我々の戦艦が地球の大気圏に突入し、竜巻に巻き込まれたら……!? もしあの男が現れたら……!?」


「落ち着け! 恐らくこれも娯楽だ! 現実の出来事でない! 予定通り着陸を......あーいや、衛星軌道上から攻撃を......」


 ルカン提督が恐れを生している。それを認識した

 兵士たちの目が揺れる。宇宙最強の戦闘民族ティブロン人の誇りは、もはやズタズタだった。


「この星の生態系は……想定を超えていた。やつらはサメを神としながらもサメを破壊する、狂気の民だ……例え全てがフェイクだとしても、アレを思いつく時点で関わりたくはない......全てフェイクだ......フェイクなんだ......」


「提督! 報告があります!」


 牙を剥き出しにして引きつったルカン提督は、恐る恐る口を開いた。


「なんだ......」


「惑星全体のスキャン終了! チェーンソーは! チェーンソーは実在します!」


「「「ヒィィ!!」」」


 ルカンは静かに、だが確信を持って言い放った。


「進路修正! 180度回頭! 重力ワープスタンバイ! 故郷へ!」


「撤退ですか!?」


「覚えておけ……フロンティアには超えてはならない一線がある......——地球には近寄るな!」


「「「了解!!」」」


 ルカン提は艦隊の進路を変更し、宇宙最強の宇宙侵略軍は遠い闇へと帰っていった。かくして、ティブロン星人による地球侵略は未遂に終わった。地球に住む者たちは、侵略の危機があったことすら知らず、今日もサメ映画を楽しんでいた——。

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