3 有意義な家族会議

 家から夫を追い出し、早1週間が経とうとしていた。

 子どもたちは、父親がいないことに対して寂しさを感じているかもしれないが、ここ最近では一切言葉として口に出さなくなった。


 この子たちなりに、きっと何か悟っているんだろうなぁ……。小さいながらもよく見ているわ……。


 私がせっせと夫の置き荷物をまとめている横で、我が子は2人仲良く遊んでいる。なんとも微笑ましい光景だ。もしも子どもが1人だったら、きっと駄々をこねて片づけもまともにできなかったかも、と思いながら黙々と作業を続けた。


「ママぁ、おでんわがなってる」


 夏希が小さな手で、私の大きなスマホを持ちながら駆け寄って来た。


「なっちゃん、ありがと」

「うん!」


 一度掛けたっきりの兄からの折り返し電話だった。


 折り返しの電話、遅すぎ……。マイペースか、って私もだけどね……。


 そんなことを思いながら電話に出た。


「おぅ!電話くれてたんだな!なんかあったか?」

「お兄……、電話したの1週間前なんだけど、今まで気づかなかったの?」

「悪い悪い、ちょっと立て込んでてな」

「えらく繁盛してるんだね」

「そんなことはねぇ。親父がちょっと腰を痛めてよぉ、その分俺らにしわ寄せがきただけのことよ」

「え?お父さん腰痛めてるの?」

「なんだ、聞いてなかったのか」

「何にも聞いてないよ。お母さんも何にも言ってくれないし、みのるだって何にも言ってくれなかったよ!」

「おめぇら……仲悪いのか?」


 私には兄が2人いる。と言っても、今こうして電話で話している兄とは歳が5つ離れているが、もう1人は双子の兄で、私の数分前に生まれたがために兄となっているだけのこと……。兄妹仲は悪くないが、それぞれ家庭を持って以降、頻繁に連絡は取らなくなってしまっていた。


「仲は悪くないよ。ただ、最後に連絡取ったの……子どもたちが生まれてすぐだったかな」

「つまりは……3年も連絡を取ってないのか。あいつ、今何してるか知ってるか?」

「……知らないけど」

みのるな、離婚してこっちに戻って来ちょるよ!」

「はあぁ?」


 私の声に驚いたのか、遊んでいた双子が一斉に私の方を見た。


「はーちゃん、なっちゃん驚かせてごめん。……なんでもないよ」


 2人は納得したのか、遊びの続きをし始めた。


「それも知らんかったんか。……もしかして、おめぇに知られたくなかったのかもな。はっはっはぁ」


 このタイミングで私の家庭事情を言うのも……と思ったが、せっかくこうして連絡をくれた兄の優しさに甘え、私はこの家で起きたことのすべてを話した。


「んな゛っ!」


 なんという声を出すんだ。言葉になってない……。


「それで今、荷物の整理をしてるの」

「おまっ……、え゛っ!?それ、冗談やのぅてほんまの話か?」

「こんな話、冗談にしてはきついやん」

「まぁ、それもそうやな……。ほな、今は真と子どもらだけってことか?」

「そうや」

「けどおめぇも、えらいどきついこと言うたんやなぁ」

「何がよ」

「出て行け、って……。ふはははははは」

「笑いごとちゃうで!」


 夫を追い出すのは当然のこと。今こうして住んでいる自宅は、私名義で購入した夢のマイホーム。夫は、夫婦の共同名義で購入しようとしていたが、いずれ離婚するこうなることを想定していたのか、個人名義の購入でなければ賃貸でいいと私が押し切った。数少ない私の友人たちが、夫婦の共同名義で住宅を購入したものの、離婚することとなった際に色々と面倒だったと話を聞いていたこともあり、私は個人名義でローンを組んだ。


 まさか、こんなにも早くに離婚……するかもしれない状況になるとは、思いもしなかったけど……。


「で、その電話を俺にくれてたんか?」

「そうよ。大きな荷物とかを捨てるのに、男手が欲しいと思ってたんやけど、もうリサイクル業者に頼んだ」

「そりゃ悪かったな。他にできることはあるか?」

「もうないよ」

「ほんなら、今度の週末にもで皆で集まるか!」

「それいいねぇ!どこで?どっかお店予約する?」

「アホ言いな、お前ん家に決まっとるやろ」

「……うわ、めんどくさ」

「料理はこっちで準備すっさかい、子どもらの飲みもんとかお願いしてええか」

「……わかった」

「俺は親父やお袋にも、もちろんみのるにもお前んとこの事情は言わへんさかい、集まったときにちゃんと話せよ。ええな」

「……はぁい」

「ほなまたな!」


 こうして急遽、週末の予定として我が家に家族が集まることになった。その事を喜ぶのは子どもたちだけだろう、と思いながらも、久々に集まることができることを待ち遠しいとさえ思っていた。



 

 迎えた週末――。

 我が家はこれまで以上に賑やかな状況となっていた。

 ダイニングテーブルには両親、兄お手製の総菜の数々。みのるは子どもたちが好きそうなプリンを持って来てくれた。


「この家、初めて来た気がする」

「え?ほんと?」

「うん。真が引っ越しのとき、俺出張で海外に行ってた」

「そっか……。なかなか招待できんくてごめんね」

「いいよ。こうして今日、来られたし」


 しばらく会わない間に、双子の兄は同い年のはずなのに、老けたように見えた。


「真っ!そっちでぐだぐだ話してねぇで、こっちに来な!」


 熊みたいなは図体で物言う兄に促され、私と実は皆が集まっているテーブルへと腰かけた。その様子を見ていた父が、微笑ましく笑いながら言った。


「こうして家族が集まるのは久々だな。真、今日は招いてくれてありがとうな」

「お父さん……、お礼は別にいいんだけど、腰は大丈夫なの?」

「なんてことはない。ちょっと屈んだときに、痛めちまっただけのことさね。この歳になると、無理な動きをすることで痛めちまうんだぁ。身をもってわかったわい」


 変わらずの父に、私は少しばかり安心した。

 こうして久々に集まった家族を見てみると、皆それなりに苦労してそうな、そんな表情かおをしていた。


 せっかく歓談してる中、こんな話はしたくないんだけど……。


 と、兄の方に顔を向けると、案の定とでも言うべきかばっちり目が合ってしまった。目が合った途端、視線で何かを訴えるような仕草をしたため、私は渋々話をすることにした。


「あのっ……子どもたちが居る前で、こんな話はどうかと思うんだけど。私……この家から悠馬さんを追い出した」

「……ん?……今、追い出した……と言ったか?」

 

 私の言葉に、すぐ返事をしたのは父だった。


「そう。浮気……された、というか見知らぬ女性ひとを家に入れてたの」

「……なんと!……その状況」

みのると同じね」


 そう言ったのは、母だった。


「実も?」

「……ったく、なんでバラすかねぇ。……黙ってりゃいいものを」

「実も予定を早く切り上げて帰ったら、見知らぬ男の人が家にいたんですって。もぅ、そこまで同じ状況になることなんてある?ふふふ。これも双子の共鳴なのかしら」

「……なんか……もっと早く言えば……、お母さんやみのるに……相談すれば……良かったのかな」


 そう言いながら、私は自分自身が涙を流していることに気づいた。


「あらあら~、気が張っていたのが解れちゃった?」


 家族の温かさに触れたせいなのかわからないが、私はしばらく泣いていた。そんな私を心配するように、愛しい子どもたちが寄り添ってくれた。


「真には葉月と夏希がいるからいいじゃん」

みのるにも、蒼汰そうた海翔かいとがいるじゃん」

蒼汰と海翔あいつらは猫な!」

「猫も家族じゃん」

「そーだけども!」


 始めは話すことが億劫だった私だが、こうして話をすることで、心につっかえていた何かがきれいさっぱり無くなったような、そんな気がしていた。


「これからどうするの?」


 ふと、母が真剣な表情で尋ねてきた。


「……うん。できるだけ貯金は切り崩したくないから、現場に戻ろうと思う」

「そう。貴女ならそう言うと思った」

「……けどなぁ」

「葉月と夏希のことなら心配しなくてもいいわよ」

「えっ?」


 私は母の意図がわからずに戸惑っていると、母は葉月と夏希と目線を合わせるように屈み、2人に聞いていた。


「はーちゃん、なっちゃん。ばぁばと一緒にお留守番できる?」

「ばぁば、ここにいてくれるの?」

「えぇ。ママがお仕事頑張ってる間、ばぁばと一緒にお留守番できる人~」

「はい、はぁい!」

「ぼくも、ぼくもできるもん!」

「案外、子どもって親が思うほど弱くないのよ」


 そう言う母の表情を見て、私は復職することを決意した。

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