第22話 実演
「ここから……時計を!?」
しかし、入口までは目算でも二百メートル以上はある。その先に置かれた腕時計など見える筈がない。
ふと、自分の時計を見た。現時刻は十時四十五分。
講義開始からの体内時計を以て、あてずっぽうで言い当てられる気もするが……
「十時四十五分」
さも当たり前の様に、イオナさんが呟く。各々の時計で時刻を確認済みの面々は一斉にどよめく。
ドンピシャだ。だが……偶然である可能性も捨てきれない。
「……でも、AMじゃなくてPMになってます。……あっ、たった今トークアプリの通知が来ました。”お姉ちゃん”……って書いてますね!”今度部屋掃除しに行くねー”ってバナーが……」
「なっ……!!!ちちちちょっとお待ちください!!!」
一瞬で顔が紅潮した河瀬先輩は、再び爆速で入口まで戻りスマートウォッチの回収へ。液晶を暫し眺めた後、二百メートル先で悶絶した。
「ほ、本当に見えたのか?イオナさん……」
「えっ?逆に皆、見えなかったの?」
素っ頓狂な顔で返す彼女。
やがて首まで真っ赤に紅潮した河瀬先輩がバックドラフトの如き勢いでこちらへ帰還してくる。
「ごほんっ!!……お見事です、イオナさん。表示されていた時刻は少し設定を弄り、敢えてPMにしていました」
スマートウォッチを俺達に向かって掲げる。これで、彼女が二百メートル先の小さな液晶に表示された文字を寸分違わず読めていたことが証明された。
「ちなみに、さっきのは本当に”お姉ちゃん”からの通知だったのですか?」
何の悪気も無く、単なる好奇心で尋ねるレルンさん。
「黙らっしゃい!!これ以上詮索すると単位あげませんよ!!!」
クワッと目をかっ開いて激高する河瀬先輩。どうやら本当らしい。
にしても『黙らっしゃい』って言ってる人初めて見たな……。
「とまぁ、このように。ホムンクルスの方々に備わる”能力”とは……骨や皮膚などの組織、眼や鼻などの感覚器、そして五臓六腑等の内どれかに現れます」
「……でも、ただ”遠くまで見える”だけの能力ってすっごい地味だなぁ~~」
「何を仰いますかイオナさん。視力はあくまで現時点での特殊能力です。鍛えれば、本来視認出来ないX線やガンマ線、色に関しても一億色以上を識別出来る様になるかもしれない」
それだけじゃない。感覚器の中でも、視覚が占める情報処理分担の割合は八割以上。
”眼”が優れているという事は必然的にそれを処理する”脳”も異常発達しているという事だ。使い方によってはトップアスリート達が稀に口にする、『超集中によって時が遅くなる』という”ゾーン”をより長時間で意図的に行えたり、本来は地球上の大気によって殆どが吸収されてしまう、太陽光に含まれる微弱なX線を利用し、透視能力をも手にする可能性がある。
「そして、テミルさんの”骨”。感覚器に比べてこちらは比較的分かりやすい」
河瀬先輩は再び鞄に手を突っ込む。取り出したのは、金属製のカチューシャの様な物体。それを二つ。
「まだご自身の能力への理解が深まっていない状態では、力を十分に引き出す事はできません。なので、これを使って補強を行います」
テミルにカチューシャを渡し、彼はもう一方を頭に装着した。
「名称は特に無いので”補完ガジェット”と呼称しますが……これはホムンクルスの方々と人間の意識をリンクさせる物です。取り敢えず今は僕とテミルさんの意識を繋ぎ、僕が貴女の能力を引き出してみます」
臆することなく頷き、淡々と補完ガジェットを装着するテミル。
河瀬先輩は閉眼し、何やらぶつぶつと呟き出した。
「血中カルシウム濃度、シュウ酸、VD生成の促進。より骨密度とエナメル質組成を高めて硬質化……」
詠唱にも似た呟きは数十秒続き、その果てに目を開ける。
大きな溜息を吐く彼の額には大粒の汗が滲んでいた。
「お、お待たせしました!……では皆さん、こちらをご覧ください」
またもカバンに手を突っ込み、今度は灰色のコンクリートブロックを取り出した。四次元にでも繋がっているのだろうか、あの中。
「えっと……イオナさん、試しにこのブロックを拳で軽く小突いて頂けますか?」
「こ、これを!?」
「”硬さ”を担保したいだけなので、ちょんっと触れる程度で構いませんよ」
言われるがまま、拳を突き出しておそるおそるブロックに触れた。
当然だが、コツンと軽く鈍い音が鳴る。だれがどう見ても、純コンクリートの激硬ブロックである。
「ありがとうございます。痛くはなかったですか?」
「は、はい……大丈夫ですけども……やっぱ普通にめっちゃ固かったです」
「……では次、テミルさん。今度はこれを思いっきり殴ってみて下さい。肌が傷つかない様にグローブをお渡ししますので」
「えっ……思い切り……!?」
珍しく動揺する彼女だが、河瀬先輩は柔和に微笑みながらブロックを掲げる。
「骨膜の厚さや組成も操作したので、痛みも感じにくくなっています。……といってもやはり怖いでしょうから、お嫌でしたら断わって頂いて構いませんよ!」
「……いえ。やります」
深呼吸を繰り返す彼女。決意めいた表情を浮かべつつ、先輩から渡されたグローブを右手に嵌めて拳を構えた。
「………ふぅーーー……」
吸い込んだ息を窄めた口から吐き、河瀬先輩が両手で持つブロックに意識を集中する。
誰もが緊張感を孕んだ視線を送る。
重い沈黙の後、テミルは右拳を垂直に放ち、目標へ叩き込んだ。
瞬間、彼女の拳はブロックを突き抜け、河瀬先輩の顔から数ミリ程の距離で動きを止める。粉々になった瓦礫が周囲に飛散し、鈍い音と共に床に落ちていく。
テミルを含むその場全員が、目と口を開けたまま放心してしまった。
「よっ……予想以上ですね……!念のため、防護グラスを掛けてきて良かった……」
風圧で前髪が靡き、シャープな防護グラスが覗く。確かにアレが無ければ飛び散ったコンクリートが眼に入ってしまっていただろう。
「えっ……あ、あのっ……大丈夫ですか……!?」
青ざめた顔で心配の言葉を投げるテミル。先輩は『無問題です!』と何処か嬉しそうな顔で親指を立てた。
「今のは、カルシウム濃度などを瞬間的に調節し、拳を形づくる指の骨……主に中節骨、基節骨、中手骨あたりを硬質化させた結果です。今後理解が深まれば、ダイヤモンドよりも硬い骨を造ったり、骨延長を意図的に起こし長さを変える事さえ出来る」
「すっ……凄いけど……私もテミルさんも、かなり生々しい感じの能力だなぁ……全然イメージしてたんと違う……」
ややガッカリ気味のイオナさん。そんな彼女の様子を見て、河瀬先輩は苦笑いをしつつ右腕を掲げた。
「では、少し話は変わりますが……僕が着けているこのリストバンドは、テミルさんに付けさせて頂いた補完ガジェットのいわば改良版です。これにより、一層大胆かつ精密な能力操作が行える」
レルンさんが身に着けるブレスレットと同じく、ホムンクルスとの契約の為に用いるガジェットだ。
ここで漸く、隣に立つミーシャさんを見上げる先輩。
幼子の様に純朴な瞳で見つめ返す彼女は、何やら察した様に前へ出た。
「彼女の名前はミーシャ・レリクス。恐れ多いですが僕のパートナーです。今から少し、能力の完成系をお見せしたいと思います。……ミーシャ、行けるかい?」
「こくり」
そう言って”コクリ”と頷く彼女。先輩は自身のリストバンドに触れ、横に二度スクロールした。
「……彼女の場合、異常数値は”血清”でした」
ミーシャさんがゆらりと左腕を伸ばす。床に向かって垂れる中指から、突然赤い液体が流れ出る。どう見ても血液だった。
「えっ!!?だっ、大丈夫なのアレ!?」
ド心配するイオナさんと、再びどよめく我々。だが先輩達二人の表情は変わらない。
「骨髄中の造血幹細胞を刺激し、赤血球を増生……」
鮮血は直線を描きながら重力に従う。
しかし、急激に滴下速度が遅くなる。まるで粘性を得たかのようにドロリと伸びていき……やがて、動きを止めた。血は未だ一滴も床に付いていない。
「そして、血小板操作で凝固具合を整えれば……”完成”です」
ミーシャさんは、自らの血液を手に持った。
流動体である筈のそれは、紅い光沢を放つルビーが如き固体と成る。
先端は鋭利に尖り、持ち手にはいつの間にか
「能力操作を極めれば、識別の為に研究所から二つ名の様なものが与えられます」
その姿はまさしく、宝石を打って造られたかのような一本の剣だった。
「自らの血液を自在に操る事から……彼女は、『”鮮血”のホムンクルス』とも呼ばれています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます