好きな人の好きな人は……

丸子稔

第1話 まさかの両思い

 高校三年生の高橋ひよりは、大学生の家庭教師、伊吹風磨のことが好きだった。

 しかし、彼の異性のタイプが年上でしっかりした人だということを知ってからは、その恋心も半分消えかかっていた。


(年下でだらしない私じゃ、風磨さんから好かれるわけないわ)


 そんなことを思いながら、風磨から与えられた課題をこなしていると、彼が不意に言った。


「いよいよ、受験まであと三週間となったわけだけど、もし志望校に受かったら、ご褒美に、ひよりちゃんの願いを一つ叶えてあげるよ」


「えっ! ……どうしたんですか、突然?」


「いやあ、そうしたら、モチベーションが上がるかなと思ってさ。で、何がいい?」


「いきなりそんなこと訊かれても……とりあえず今は受験に集中して、ご褒美は受かった後に考えるということでいいですか?」


「ああ、わかった」 


 ひよりはご褒美を何にするかで頭がいっぱいになり、その日は勉強にまったく集中できなかった。


 一ヶ月後、ひよりは見事に第一志望の大学に合格すると、さっそく風磨にメッセージを送った。


『合格しました! これもすべて風磨さんのおかげです!』


『おめでとう! いやいや、合格したのは、ひよりちゃんが頑張ったからだよ』


『ありがとうございます。それで、ご褒美なんですけど、何にするか決まったので、風磨さんの都合のいい日に会ってもらえませんか?』


『わかった。じゃあ、明日の昼間でもいい?』


『はい』


『じゃあ駅前のカフェに12時で』


『了解しました』


 翌日、ひよりが12時を少し過ぎてカフェに行くと、風磨は既に席に着いていた。


「ごめんなさい! 服装に迷っていたら、家を出るのが遅くなっちゃいました」


「いいよ、このくらい。それより、改めて合格おめでとう」


「ありがとうございます。これも全部、風磨さんがわかりやすく勉強を教えてくれたおかげです」


「いやいや、昨日もメッセージ送ったけど、合格したのはひよりちゃんが頑張ったからだよ。それより、ご褒美は何に決めたんだ?」


 風磨が訊くと、ひよりは少し恥ずかしそうにしながら、呟くように言った。


「……私と付き合ってくれませんか?」


「…………」


 風磨が固まったまま何も返せないでいると、ひよりは「やっぱり、私なんかじゃダメですよね。私って、風磨さんのタイプと、かけ離れてるし」と、寂し気な顔を見せた。


「いや、そうじゃないんだ。ただ、びっくりし過ぎて、とっさに言葉が出なかったんだ。だって、そのセリフ、俺も言おうとしてたから」


「えっ! ……でも、風磨さんは、年上でしっかりした人がタイプなんでしょ?」


「まあ、そうだけど、付き合うかどうかは、別問題だろ? 俺、ずっと前から、ひよりちゃんのこと、気になってたんだ。でも家庭教師とはいえ、一応教師と教え子の関係だから、なかなか言い出せなくてさ」


 風磨のまさかの言葉に、ひよりが呆然としていると、彼は更に続けた。


「もう教師と教え子の関係じゃなくなったから、これで気兼ねなく言える。ひよりちゃん、俺と付き合ってくれ」


「……はい」


「本当に? いやあ、実は俺、振られるんじゃないかって、内心ドキドキしてたんだよ」


 風磨は胸に手を当てる格好をし、おどけてみせた。


「私が振るわけないじゃないですか。だって私も、ずっと前から風磨さんのことが好きだったんだから」


「それはなんとなく感じてたけど、確証が持てなかったからさ。けど、お互い好きな人の好きな人が自分自身だったことが分かって、ホッとしたよ」


 風磨が言い終わった途端、ひよりはなぜかクスクスと笑い出した。


「何がおかしいんだ?」


「だって、風磨さんが持って回った言い方するから。それって、相思相愛でよくないですか?」


「言われてみれば、確かにそうだな。俺、なんでこんな言い方したんだろう」


「風磨さんて、意外と天然なんですね。それより、本当に私でいいんですか? 私って家事全般できないし、朝起きれなくて学校もよく遅刻するし……」


「そんなの全然いいよ。俺、家事は割と得意だから、付き合ったら、料理とか教えてあげるよ」


「ありがとうございます。じゃあ改めて、お願いしてもいいですか?」


「お願い?」


「うん。だって私たち両思いだったわけだから、まだご褒美をもらう資格はあるってことでしょ?」


「まあ、そうなるかな。で、何が欲しいんだ?」


「近くに、ケーキの美味しい店があるんですけど、今からそこに一緒に行って、おごってくれませんか? 私、志望校に合格するために、願かけで、ずっと大好きなケーキ断ちしてたから、今日は思い切り食べたいんです」


「なんだ、そんなことか。もちろんいいよ。俺もケーキ好きだし」


「やった! じゃあ、早く行きましょう」


 ひよりは居ても立っても居られず、早々に席を立った。


「おいおい、そんなに慌てなくても、ケーキは逃げやしないよ」


 風磨はそんなひよりに相好を崩しながら追いかけていったが、彼女が以前他の店でケーキを食べ過ぎて出入り禁止になっていることなど、彼は知る由もなかった。


 了

 


 


 

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