終わりのない空中縄ハシゴ

ちびまるフォイ

終わりの覚悟

「こ……ここは……?」


目を開けると、空中にぶら下がる縄ハシゴにいた。


上を見上げてみる。

厚い雲で1m先の縄ハシゴがどうなっているかさえ見えない。


下を見てみる。

こっちもやっぱり見えない。


「どうしてこんなところに……」


いくら考えてもわからない。

これだけ厚い雲がある以上、相当な高さだろう。

耳には絶え間なくヒュウヒュウと風切音が聞こえる。


「とにかく上に登ろう。

 縄ハシゴである以上、どこからかぶら下がっているはずだ」


ヘリコプターから垂れ下がった縄ハシゴなのかもしれない。

いずれにせよ上に登ればきっと果てがあるはず。


縄ハシゴを上った。

厚い雲へ飛び込むようにハシゴを上り続ける。


やがて、うっすらハシゴの上になにか見えた。


「ついにゴールか?」


それはハシゴの終わりではなかった。

ハシゴに捕まっているミイラ。


「うわあ!? なんだ!?」


ミイラは上をハシゴに絡めて落ちないようにしている。

その姿勢のまま干からびたのだろう。


「なんでこんなところに……」


振り落とすのも申し訳ないので、ミイラをそのままに縄ハシゴを上る。

進んでいくとまた何か見えてきた。


「ああ、長かった。だいぶ上ったぞ。

 ついに縄ハシゴの終わりか……」


待っていたのはさっきのミイラだった。

上っているはずなのに同じ場所についてしまった。


「どうなって……。俺は上ったはずなのに!」


今度は下がってみる。

縄ハシゴを折り続けると、ふたたびミイラの位置に戻ってきた。


「なんでループしてるんだよ!!」


自分がこの縄ハシゴに囚われていることを自覚した。

周囲は雲で何も見えない。


「おおーーい!! 誰かーー!! 誰か助けてくれーー!」


激しい風の音で自分の声なんか届かない。

スマホもどこかで落としたのか手元にない。


「そうだ。このミイラが持っていないか」


どうせ死んでいるんだからと、ミイラの持ち物を漁る。

スマホは電池切れ、それ以外には財布と社員証だけ。

見覚えのある社員証だった。


「このミイラ、俺と同じ会社だったのか……」


もはや干からびすぎて骨なので顔はわからない。

もしかすると見知った同僚なのかもしれない。


「これからどうしよう……」


上っても、降りても、縄ハシゴがループしている。

下手に動いてしまえば体力を消耗する。


なにか飛行機やヘリコプターの音が近づけば合図を送ろうと思った。


あとは寝ている間にうっかり落ちないよう、

腕を縄ハシゴに巻き付けて夜を過ごす。


「なんで俺がこんな目に……」


風にゆられる縄ハシゴを掴みながら自分の状況を呪った。


それからも気まぐれに上ったり降りたり。

助けを求めたりを数日繰り返した。

もちろん事態はなんら変わらない。


しだいに体力もなくなり、ただ縄ハシゴにぶら下がるだけになった。


喉が乾き、お腹もペコペコ。

持っているものはなにもない。


「ああ、せめてこれが陸なら食べ物を探せたのに……」


恨み節をつぶやいてもここは上空。

鳥の一匹通りやしない。


このままぶら下がり続けていれば、自分のあのミイラのようになるだろう。

誰にも見つけられず、ただ干からびていく。

そんなのは嫌だ。


「もう……やるしかない……」


縄ハシゴに捕まっているときからずっと考えていたことだった。

考えていたけれど怖くてできなかったこと。


「飛び降りるしかない!」


厚い雲がハシゴの先を隠している。

雲がある時点で降りたら助かりようもないだろう。


だからといってハシゴに捕まり続けても結末は同じ。


飢餓に苦しみながら死ぬのか。

落下して瞬間的な死か。


選ぶのは後者だった。


「みんな……さようなら!!」


目をつむる。

覚悟をきめて縄ハシゴから手を離した。


体が縄ハシゴから離れる。


「うわああ!!」


重力に体が引っ張られる。

しかし落ちたのは下ではなく横。


ぶら下がる縄ハシゴの下に落ちるのではなく、

縄ハシゴの横にスライドするように落ちた。


「あ痛っ!」


わずかに落ちると、顔に芝生が叩きつけられた。

地面。久しぶりの地面だった。


「ぶ……無事に降りられたのか……?」


ふと空を見上げる。


厚い雲に上下覆われた、丸い円環状の縄ハシゴが見えた。

縄ハシゴは横倒しになっていた。ミイラも見える。


「俺……あそこから落ちたのか……」


縄ハシゴは地面と水平になっていた。


そんなこと捕まっているときには雲でわからなかった。

地面に近いことすらも。


もし、あのとき手を離していなければーー。


「あのままミイラに……」



考えていると遠くで声が聞こえる。



おーーい。


おーーーーーーーい。




「おい!!」


体を揺さぶられて目が覚めた。

同僚の顔がそこにある。


「寝てたぞ。18連勤だからって寝るなよ。

 まだ仕事はいくらでも残ってるんだ」


「え……あ?」


「寝ぼけてるのか、ここは会社だ。

 さあ、部長が来る前にさっさと仕事を終わらせよう」


「あ、ああ……」


急かされるように仕事へ戻る。

自分の首下げられた社員証が目に入る。

それはミイラがぶら下げていたものと同じだった。


「なあ……1ついいか……」


「なんだ。早く仕事しなくちゃ。

 仕事終わってないと部長から大目玉くらうぞ」


「なんで……この会社にいるのかな……。

 仕事は辛いし、人間関係は終わってるし……」


「はあ? まだ寝ぼけてるのか?」


やつれきった同僚はあきれ返った。



「仕事があるからに決まっているだろ。

 俺達は目の前にある仕事をやり続けなくちゃいけないんだよ」



その言葉でなにかわかった。

縄ハシゴから手を離したときのように覚悟を決め、

翌日に自分は退職願を届け出た。

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