お稲荷さんちのアライグマ 〜あってもなくても〜

右中桂示

アライグマと正体

 三月の稲荷神社。

 春は近付けどまだまだ寒い気温に、鎮守の杜も物寂しい。


 その境内に薄墨は立っていた。

 灰色の髪はゆるいふわふわとしたショート。瞳はココアブラウン。ラフな服装の女子。

 彼女の正体はアライグマだ。

 稲荷神社の神使たるキツネによって人の姿に変えられ、神社を荒らした分の責任を日々とらされている。


 だがしかし、今の彼女には尻尾がない。


「おわぁ。なくなってる」

「一年経ちましたからね。かなり神力が戻りました。あなたの頑張りのおかげでもあります」


 神職姿の男性が満足そうに頷いて言った。

 彼は稲荷神社の神使たるキツネである。

 元々神使は薄墨を完全な人間の姿にするつもりだったが、失敗。尻尾がついたままで受け入れるしかなかった。

 それが今回、再び稲荷神の神力を借りて変化し直せたのだ。


 薄墨は尻尾があった場所で手を彷徨わせている。


「落ち着かない……スースーするぅ……」

「その内慣れますよ。これで安心して送り出せます。ずっと冷や冷やしていたんですからね」

「むう……」


 薄墨は渋々といった様子で押し黙る。

 これまで薄墨はずっと尻尾を堂々と出したまま外へ出かけていた。周囲の人々には変わった子として受け入れられていたが、やはりリスクは高い。

 正体について気にする事なく思うように過ごせる利点があると納得したらしい。


 そしてまさに今日、人間の友達と遊びに行くのだ。






 神社を出て町中へ赴き、友達と合流。

 九羽香くーこ栞里しょりり友美ともちの三人。彼女らとは稲荷神社の祭りで出会った事をきっかけに仲良くなっていた。

 賑やかにはしゃぎながら町へ繰り出す。目を輝かせての食べ歩きや買い物、不自然なところのない女子の過ごし方。薄墨はのびのびと楽しんでいく。


 しかし途中で入ったカラオケの最中に、それは起きてしまった。


「キツネの嘘つきぃ……」


 しかめっ面で呟く薄墨。


 縞模様の尻尾が急に出現。ポンッ、と鳴らなかったはずの音が聞こえて気がした。

 機材に興味津々で眺めていた時、背中を向けていたので三人にはバッチリ目撃されている。


 静寂、そして驚きが室内を包んだ。歌われない曲が背景に流れゆく。


「え、なにすごい! どうやったの!」

「手品!? いや違うよね!?」

「いつものすずみーじゃん!」


 すぐに三人共駆け寄ってきて囲まれた。

 薄墨はアタフタと困るばかりで上手い言い訳は思いつかない。次々とくる疑問に混乱していく。


 だから誤魔化すのも面倒になってしまった。


「……実はこの尻尾、本物なの」

「え?」


 声が揃い、ぽかんとした顔も同じ。無言の中で戸惑いが深まる。静かに曲が終わった。


 薄墨は自分の正体について説明した。神使の事は一応伏せ、自分で変身したのだと誤魔化かしはしたが。

 

 努力の甲斐があり、時間はかかったが三人の友達は理解してくれたようだ。


「まー、時々世間知らず過ぎじゃない? って思ってたけども」

「アライグマならしゃーないねー」

「人間に変身って、昔話みたいなもんって事?」

「じゃあすずみーはアライグマの……妖精」

「妖精? なんで妖精?」

「妖怪だとかわいくないし。あとほら、妖怪だと日本っぽいじゃん。アライグマってアメリカの動物だし」

「なら妖怪じゃなくて妖精かなあ」

「あたしアライグマの妖精なんだー」


 驚きの秘密も、ほのぼのと受け入れられた。

 混乱が収まれば、もう今までと変わらない関係。むしろ珍しい話題に話がどんどん弾む。


「よし、どうせならもっと妖精にしよう!」

「面白そう!」

「あれか! 正直気になってた」

「え、なになに?」


 薄墨は三人に囲まれて移動。

 このカラオケ店ではパーティーグッズを貸し出していた。目当てはその中のコスプレ衣装。ワイワイとお喋りしながら探し、着替える。


 そうして薄墨は背中に羽を背負った。ついでに尻尾だけじゃ寂しいと猫耳カチューシャもつけている。

 それが女子高生の思いつきから生まれたアライグマの妖精だった。


「欲張りセット!」

「いいね、カワイイ!」

「似合う似合う!」

「いえーい」


 三人もそれぞれに着替えてはしゃぐ。弾けるように笑い、思いっ切り楽しむ。




 こうしてアライグマである事がバレたら、との不安は杞憂に終わる。

 結局は良い思い出になったのだった。


 それはそれとして、帰るとしっかり神使に抗議はした。

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